ぽろぽろ涙子今日も行く

乾癬発症から完治に向けて20数年の記録と人生色々雑記ブログ。

息子が発達障害と診断を受けるまで⑭最終話

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(最終話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれ

ている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は最終話です。

過去の記事はこちらから

 

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

前回は、私立の滑り止め校に何とか合格したところまで書きました。

 

自信喪失 

 

滑り止め校に合格したとはいえ、結果が良くなかったということで、息子は完全に自信をなくしているようでした。

 

息子は、「滑り止め校(私立)には行きたくないので、公立の本命校は、ランクを下げる」そう言い出しました。

 

私は、「お金のことは気にしなくてもいいよ」とは言いましたが、私も息子の考えは正しいなと思いました。とても受かる気がしなかったからです。

 

そして、学校の先生も、塾の先生も最後の実力テストの結果から、ここだったら大丈夫かなというところにランクを下げて、公立高校を受験することにしました。

 

 公立の合格発表

 いよいよ、合格発表の日。

合格発表を見るために、息子は朝早くに出かけました。

しかーし、発表の時間が過ぎても、息子から、連絡がありません。

どうしたの??どうだったの???

 

 

 

 

 

 

 

結果は不合格 ( ⊙⊙)!!ギョエー

こっそり合格発表を見に行ってもらった夫から、連絡がありました。|д゚)チラッ

 

そこに、番号はありませんでした。(.;゚;:Д:;゚;.)

私の不安は的中しました。llllll(-ω-;)llllllガーン…

 

私もショックでしたが、息子はもっとショックだったのでしょう。

合格発表の帰りに、財布を無くしてしまいました。マサカ( ⊙⊙)!!ギョ

 

病院受診へ

 

合格発表からの帰宅後も、ショックで、「なんで、なんで。」を連発していた、息子でした。

そして、「きっと内申点が悪かったからだ。内申が悪くなかったら合格できていたはずだ。」と言い出しました。

 

試験もできなかったと私は思っています。・・・でも、確かに内申点も悪かった。良ければ合格していたかもしれない。

 

私:「どうして、内申点が悪かったと思う?」

 

息子:「それは、忘れ物が多かったり、提出物をきちんと出さなかったから。」

 

私:「そうだよね。息子の中では忘れ物を減らそうと努力していたとは思うけれど、私達や先生から、あれだけ言われていても、結局できなかったよね?中3の部活引退後から、不注意な面がひどかったよね。

高校に入ってからも、社会に出てからも、それは付きまとうことだよ。だから、今後の為にも、一度病院を受診してみた方がいいと思う。薬を飲むのが嫌だったら、飲まなくてもいい。でも、とりあえず、自分の特徴を分析するためにも一度病院に行ったほうがいいと思う。」

 

 

今まで、全力で病院の受診を拒絶してきた息子でしたが、

息子:「(静かに)うん。行く。一度きちんと見てもらいたい。」と言いました。

 

息子は受験の失敗によって、ようやく病院に行く気になったのです。

 

ADHDと診断

 

それから、すぐに病院を受診、いろいろと検査をし、4か月ほどかかりましたが、ADHDであると診断されました。現在は投薬治療をしております。

 

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

ここに来るまで、すごく長かった。

 

息子が小2の時に、ADHDの可能性が高いと言われていながら、私が受診を血迷っていなければ・・・、もっと早く診断してもらっていれば・・・、息子はこんなことにならなかったのかもしれない。
www.poroporonamidako.com

 

そう思うと辛くなる時もあります。

 

 

高校不合格も、親子共々とても落ち込みましたが、現在は気持ちを切り替えて、前を向こうとしております。

 

後ろは振り返っていられないですね。

 

我が家の息子の高校受験は残念な結果となりましたが、それをきっかけに診断を受けることができたので、結果としてよかったと思っています。

 

おわりm(__)m

 

 *この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村


発達障がい児育児ランキング

 

iPhoneデビューしました。~アンドロイドからアイフォンへ~Googleから呪いの電話?

f:id:poroporo-namidako:20190626001524j:plain

こんにちは、涙子です。

 

遅ればせながら、この度、私は、iPhoneデビューをしました。

パチパチパチパチヾ(*´∀`*)ノキャッキャ

(誰も言ってくれないので、自分で言ってます。(;^_^A)

 

これまで、iPhoneを使いこなせないのでは?という不安から、androidから変更できずにいました。

 

でも、息子に背中を押され、今回、思い切って機種変更しました!

 

AndroidとiPhone、使い勝手は、どちらも一長一短がありますね。
私は、メールをよく打つのですが、iPhoneは、メールが打ちにくく感じます。私だけかな??まだ、全然慣れません。( ̄▽ ̄;)
一方、ネットは、アイフォンの方が見やすく、操作しやすいです。
もちろん、はてなブログも使いやすい!!

 

早く慣れて、スマホから、ブログを書けるようにしたいです。(;^_^A

 

グーグルから呪いの電話?

 

昨日から、スマホの設定をいじったり、アプリを入れなおしたりしています。

そんな、昨日の夜中、1時半ぐらいの出来事です。

 

グーグルの設定パスワードを入れると、途端にスマホに電話がかかってきました。


発信元は、アメリカ合衆国コロンビア特別区ワシントンDC。

 

えっ!?アメリカ??( ⊙⊙)!!


アメリカにいる知り合いはいないし、一体誰??(((((((ι゚д゚;)アワワワ
しかも、こんな夜中に。。。ドウシヨウ(゚Д゚≡゚Д゚)ドウシヨウ

いやっ、時差があるから向こうはお昼ぐらいか?

 

かけてきた相手が、英語だったら、どうしよう。


夜中でも、Hello!と出るのか??動揺しまくる。ドウシヨウ(゚Д゚≡゚Д゚)ドウシヨウ

(ハロー、ハローと、心の中で呟く( ̄▽ ̄;))

 

いろいろ考えて、電話に出ようか出まいか。。。


すごーーーーーく迷った。

 

よし!出てみて英語だったら、夫か子供のiPhoneを拝借して、翻訳機能を使わせてもらってなんとかする!
と思ってみたが、2人共、既に夢の中でパスワードがわからない。

 

どうしよう。。。

 

ずーーーーーっと、この悩んでいる間も、電話はコールしたままだったので、意を決して、電話に出てみることにした。

 

「も・し・も・し・?」(あれだけ、悩んだのに、英語じゃなくて、結局日本語で出た( ̄д ̄))

 

電話の向こうでは、女性の日本語自動音声ガイダンスが流れて、数字6桁を言い渡された。
これを、グーグルの設定に入力しろと言う。
そして、2回アナウンスされたら、容赦なく電話は切れた。(もう一度聞きなおしたかった(*p_q*)シクシク)

 

よくわからないまま、設定画面に入力し、あっけなく、設定は完了した。

 

丑三つ時ではないけれど、夜中の電話だったので、きっと、何かグーグルからの呪いの電話か。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
と、本気で思ってしまいました。(:.;゚;Д;゚;.:)

 

 私は、てっきり何かやらかしてしまったのかと思いましたが、何も問題はありませんでした。(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

 

最近リライト記事ばかりになっておりますが、いつも、読んでいただきありがとうございます。グーグルサーチコンソールで、旧記事が除外になってしまっていて、よくわからないので、リライトしています。あとしばらく続きますのでお付き合いいただけると、幸いです。

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑬

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれ

ている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第13話です。

過去の記事はこちらから

 

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

前回は、中3の二学期の受験の大事な時期に成績不振になり、志望校を決めかね、とりあえず、第一志望校で調査票を提出したところまでを書きました。

また、完全に落ち着きをなくした息子の様子も書きました。

 

息子のために私ができることは、何もない。

おいしいご飯を作って待っているだけ・・・?あんな状態なのに・・・?

 

塾での様子 

 

そんな時、塾の先生からお電話をいただきました。

あまりにも前回の模試が悪かったので、何かあったのかと、心配してお電話をくださったのです。

 

塾の授業での様子や、小テストなどの結果、自習室で勉強している様子からは、なぜ模試であんなに悪い点数になるのか、先生にもわからないようでした。

 

 

家での様子を少しお話しましたら、先生は、塾で何か気になることがあれば、すぐに連絡しますと言って下さいました。

それからも、先生からはちょくちょくお電話をいただき、息子のことを気にかけて下さっていました。とても、ありがたかったです。

 

私の想像 

 

確かに家でハイレベルな問題を普通に解いている息子をみると、とても模試であんな点数を取ってくるようには思えませんでした。

 

息子が模試で解けなかったという問題の中には、誰でも解けるような簡単な問題でさえ白紙で出していました。

 

どういうこと???アワ(゚゚дд゚゚ )ワワ!!

 

 

これは、私の想像です。

 

部活を引退してから運動を全くしなくなった息子。

小さい頃から、運動を全くしていない時期と言うのがなかったので、部活引退によって、体の血流が悪くなり、状況が悪くなっているのかなと思っていました。(息子は、運動をしていないと、頭がもやもやする。運動すると、頭がすっきりする、集中しやすいと言っていました。)

 

また、テストができないのは、緊張から完全に脳がフリーズし、何も考えることができなくなっているのでは?

 

実際に目の前で問題をさせてみる

 

 そこで、実際にどんな風に問題を解いているのか、私の前で過去問をやらせてみました。緊張していない状態だったらどうなるのか・・・。

 

結果は、やはり予想通り、上位校に入れる成績を取ってきたのです。

 

やっぱり、緊張からできない???集中できない???

 

入試までに何ができるか・・・。

そんなことばかり考えていました。

 

最後の実力テストと滑り止め校の結果

 

最後の実力テストの結果が出たのですが、前回のテストほどひどくはないものの、志望校には遠く及ばない結果となりました。

 

あとは、滑り止め校の結果次第。

合格しないと大変なことになります。

息子には話しませんでしたが、念のため、通信制の高校についても調べておきました。

 

 

 

そして、滑り止め校の合格発表。

 

 

 

なんとか無事合格!

 

過去問では、上位クラスの合格点を取っていた息子でしたが、結果は下位クラスでの合格となりました。

 

やっぱり・・・。(((;꒪ꈊ꒪;))):

 

・・・でも、下位クラスでも受かってくれてよかったです。

受かっていなかったら・・・と思うと今でもゾッとします。

 

受験の話ばかり、続いていますね。

次回は、いよいよ、本命校の合格発表(最終回)です。

 

つづく・・・。

 

www.poroporonamidako.com

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑫

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第12話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

 

www.poroporonamidako.com

 

前回は、中学3年生2学期になって成績がジェットコースター級に急降下したところまでを書きました。

 

成績不振の理由

 

息子に不振の理由を聞くと、「急に問題のレベルが上がって全く解けなくなった」と言う息子。(ほんまか??そんなことないだろー??Σ( ̄。 ̄ノ)ノ)

 

私は、家での様子から、恐らく精神的なものが大きいなと思っていました。

だって、テストをほとんど白紙で出すって。。。

 

志望校をどうするか

 

2学期末の懇談会までに、志望校をほぼ決定しなければなりませんでした。

今のままでは、どこも受からない。

 

息子と志望校について、話し合いをしました。

 すると、やっぱり、最初から行きたかった本命の上位校に行きたいと。

えっ!?この成績で?????( ゚Д゚)ヨクイッタナ、ビックラコイタ(((;꒪ꈊ꒪;))):

 

今の成績じゃ、上位校どころか、下位の高校も受からない。

 

結局、本命の受験は3月なので、年明けすぐの最後の実力テストの結果を見てギリギリで判断しようという事になりました。

 

なので、とりあえず、2学期の懇談会では、息子の第一志望校を書いて提出しました。

 

そして、最悪のことを考えて、2月受験の滑り止め高校は、上位~下位まで3コースあり、上位で受験してダメだった場合、回し合格してもらえる高校に決めました。

 

このままでは、どこの高校にも受からない。

そんな不安が頭をよぎります。

 

息子の不安定さ

 

特に、私を不安にさせていたのは、家での息子の様子でした。

 

とにかく不安なのか、落ち着きがない。ずっとそわそわしている。

 

だから、勉強にも身が入らず、現実逃避をしているのか、家ではゲームばかりする。

 

落ち着きがない行動の中で、私が一番辛かったのは、同じ質問を何度も繰り返すことでした。

 

 

一日中家にいる時は、家の中をうろうろし、「朝、何時に起きた?」「朝ごはん、何時に食べた?(一緒に食べているのにですよ!)」「ご飯は何を食べた?」「お昼は?」この質問を1日に100回以上質問してくるのです。

 

何度も聞いているので、息子は私が、朝ごはんを何時に何を食べたかなんて、当然わかっています。

 

わかっているけれど、その質問を自分自身で止めることができないのです。

 

それを、1日中家族全員に聞いて回るのでした。

 

私達が答えると、少し落ち着くようでしたので、「〇〇を食べたよ。」「〇時だよ。」と落ち着かせるためにも、丁寧に答えるようにしていました。

 

でも、自分では、何とかしたいのにどうすることもできない、そんな感じで、見ていられませんでした。

 

早く受験が無事終わって欲しい。毎日祈るような気持ちでした。

 

そして、私は、更年期のせいか、ふと一人になった時、

 

これまでのことや、息子が苦しんでいる時に、何にもしてあげられない自分の無力さ、不甲斐なさ。

 

そう考えると、涙が頬を伝うようになりました。

 

私自身も不安定になっていたんだと思います。

 

 

あの時は、一日一日がとてつもなく長かった。

あーーー、神様仏様ーーー!!

息子は一体どうなってしまうのでしょう??

  

 

つづく・・・。

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

www.poroporonamidako.com

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

短指症に生まれて

f:id:poroporo-namidako:20190622001909j:plain



こんにちは、涙子です。

 

皆さん、短指症ってご存知でしょうか?

先天性の奇形で、手足の一部が欠損しているものをいいます。

 

原因

 

原因は、遺伝的なもの、突然変異、妊娠中の病気で細菌やウィルスが何らか影響し、成長が阻害されてしまったもの等です。

遺伝が原因の場合は、必ず3親等以内に同じような人が必ず出るそうです。

 

 

これからお話しするのは、私の息子の小さい頃のお話です。

 

息子の誕生 

 

私の息子は、短指症として生まれました。

生まれつき片手の指が、全て第二関節までしかありません。手をグーにした時の長さぐらいまでしかありません。

 

 

子供の誕生は人生の中で、一番幸福感に包まれている時ではないでしょうか?

 

でも、生まれて初めて息子を見たときは、とてもショックでした。

 

入院中は、産後うつのせいもあってか、泣いてばかりいました。

 「五体満足に産んであげられなくて、ごめんね。ごめんね。」と。

 

息子の場合の原因は、私の妊娠中の病気が原因の可能性が高いと言われました。

ちなみに、息子は、発達障害もあります。

 

形成外科を受診

 

すぐに総合病院の形成外科を紹介され受診しました。

そこでの診断は、特に何も治療できるものはない。現実を受け止めて今ある指を器用に使っていくしかない。と言うものでした。llllll(-ω-;)llllllガーン…

 

でも、私は淡い期待を込めて、「本当に普通の手にする方法はないのでしょうか?」と思わず質問してしまいました。

 

バカな質問です。そんなこと、わかってる。

でも、聞かずにはいられなかった。

 

先生:「あるわけないでしょ!仮に方法があったとしても、手に無理やり何かをくっつけるだけ。それは言うならば、使わない車をずっと家に置いているのと同じ状態です。それは、邪魔なだけで、何の意味もないでしょ!手も同じだよ!」

 

もしかしたら・・・という淡い期待は見事に打ち砕かれたのでした。。゚゚(´□`。)°゚。

 

 

手をうまく使えていくか、とても不安でしたが、不安をよそに息子は器用に手を使い、すくすくと成長してくれました。

 

でも、やっぱり試練もありました。

 

4歳のころ

 

保育園で周りのお友達から、「手が小さいね。手が短いね。手が変だよ。おかしい。変!変!」などと、日常的に言われるようになりました。

周りの子供たちは、自分たちと息子の手の違いをおかしいと認識し、頻繁に指摘するようになりました。

 

息子は、下を向いて何も反論できず、無言で立ち尽くしているだけのようでした。

 

 

そしてある日、ある女の子が、私にしつこく聞いてきました。

 

女の子:「何で手が変なの?どうして違うの?」

 

私:「妊娠中にお腹の中でけがをしたみたいなんだぁ。原因はお医者様にもわからないの。だから、将来あなたがお医者さんになって原因が何か調べてくれないかな?」

女の子はお医者さんのお子さんということもあったので、そういいました。

 

女の子:「(静かに)うん・・・。」

 

とだけ言って、立ち去っていきました。それから彼女は、二度と私に聞いてくることはありませんでしたが、やっぱり子供は正直だなぁ~。と感じた出来事でした。

 

5歳の頃

 

5歳になった頃、息子はよく自分の手をじーーーーっと眺める日が多くなりました。

 

日常的にお友達から色々と言われていて、気にしていたのでしょう。

 

そしてある日、自分の手を眺めながら私に聞いてきました。

 

「ママ。。。このお手てはいつ大きくなるの?頑張って嫌いなものも我慢して、ご飯を食べているのにどうして大きくならないの?」

 

息子は、嫌いなものも我慢して食べていれば、いつかみんなと同じ手になると思っていたようです。

 

私は涙が出るのをこらえるのに必死でした。

 

そして、

 

私:「この指は、どんなに頑張っても大きくなることはないんだよ。周りのお友達のような手になることはないよ。でも・・・でも・・・、お母さんはこのお手てを見ていると、元気が湧いてくる。お母さんは、あなたのお手てが大好きだから。」と静かに答えました。

 

涙が溢れました。ウワァァ━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━ン!!!!

 

息子はショックだったのか、自分を納得させるためなのか、「そっか。そっか。」と何度もつぶやいていました。

 

私は、その時、ただ抱きしめることしかできませんでした。 (.;゚;:Д:;゚;.)

 

息子はそれ以来、決して手の話はしなくなりました。

そして・・・。

 

現在、息子は高校生になりました。今でも、私は、息子の手を見ると、苦しくなる時があります。

 

息子は、いっぱいいっぱい辛い思いをしているんだろうなと思うと、しんどくなるんです。

 

息子が生まれたばかりの頃は、息子に申し訳ない気持ちで、何とかして五体満足にする方法はないか?なんて考えたり、もし、息子が、普通の子だったらなんて、考えても仕方がない事ばかりを考えていました。

 

あの時は、過去にとらわれて、どうしようもなかったです。過去を変えることはできないのに、過去を帳消しにしたいと願ってばかりいました。

自分が救われたい気持ちでいっぱいだったんですね。

 

 

でも、息子は、違いました。

いつも前を向いていました。

今あるものを受け入れて、生きていく。。。(子供の順応する力はすごいです!)

 

それを見ていると、自分も徐々に現実を受け入れることが、できるようになってきました。

 

 

形成外科を初めて受診した時、待ち合いで、重い障害を持ったお子さん(4~5歳)のお母様に話しかけられたことが、あるんです。

 

「この子(うちの息子)は、どうして、病院に来たの?」と。

 

私が説明をすると、

「そんな事で、診察?受診したところで、治療なんてできないんじゃあない?そんな事ぐらいで悩んでるの?」

と言われました。

 

そんな事???

そのお母様は、強い人だったんだと思います。

 

確かに、そのお母様からすると、うちの子の障害は軽いもの。

 

でも、人によって受け入れられるキャパシティは、違います。

 

まだ、母親になりたてで、心も体も追い付いていない頃でしたから、すごく落ち込んだのを覚えています。

 

ちょっとしたことでも、悩んだっていいんです。

障害が軽いから、不安になっちゃダメ?悩んじゃダメ?

そんなことないです。

悩んで、誰かに打ち明ければ、いいんです。

 

そうやって、気持ちを少しずつ楽にしながら、一歩一歩前進していくんだと思います。ゆっくりでいいんです。親である前に一人の人間です。時には立ち止まったっていいと思います。強くいなければと思っても、できないこともあります。笑えない時もあります。私は、何度も涙を流しました。

 

子供も親も成長の速度は人それぞれ。

 

どうしようもなく悩んで、苦しくなってしまう時は、

私は、逆に考えない様にしています。楽しいことを考えよう!と意識するようにしています。

そうすると、また前を向けるような気がするんです。

 

そのことを、私は息子から教えてもらいました。

 

今落ち込んでいる人がいたら、未来は明るい❗そう信じて欲しいです。

 

きっと、これから、いいことがいっぱいあります!o(*^ー^*)o

 

私のように、こんなことがあっても、今元気にやっていますからね。

 

この記事を読んだ全ての人が、明るい未来になりますように。(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

 

www.poroporonamidako.com

 

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。 

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑪

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

 

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第11話です。

過去の記事はこちらから

 

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

前回は、中学2年ころの様子までを書きました。

部活(運動)をすることで、少し状況が改善され、

このまま病院に行かなくても大丈夫かな~なんて思っているところまでを書きました。

 

そもそも息子は、病院を受診することを完全拒絶していたので、病院に行くという選択にはならなかったのですが、この受診するかしないかは、いつも私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていました。

 

少し状況がよくなれば、このまま大丈夫かなと思い、悪くなるとやっぱり受診した方がという考えが頭の中を堂々巡りしていまいた。

 

中3一学期

  

中3になってからも、受験だというのにのんびりムードの息子。

 

まだ、カリカリ勉強をしているという訳ではなく、1学期は、上位校を狙える位置にいたので、塾には通っておりましたが、部活以外はまだ、のんびり過ごしておりました。

 

様子が変わり始めたのは、部活を引退してからでした。

 

周りが勉強一色になって、何かを感じ始めた息子。

夏休みに入って、塾の自習室に通い1日中勉強しておりました。すごく頑張っていました!

 

中3二学期

 

そして、2学期に入り最初の実力テスト。

本人はこれだけ頑張ったから、きっと!という思いがあったと思います。

 

 

しかし、結果は、惨敗でした。ガ━━(゚д゚;)━━ン!!

 

あんなに頑張ったのに。。。

そういう気持ちがあったと思います。

 

そして、周りの受験モードに圧倒され、パニックになっていたんだと思います。(パニックと言っても見た目はフリーズしているような感じです。)

 

話していても上の空のよう。。。

そして、ストレスからか、蕁麻疹がでるように。。。

塾や学校に行くと出るようになったんです。

家に帰ってくると数分で、すーーーっと引くんです。

 

結局、家に帰るとすぐに症状が治まるので、特に治療はせずにいました。

 

 

そして、その後の模試と実力テストで、成績が急降下し始めます。

 

試験で5科目集中していることができず、3科目は高得点を取っても、あとの2科目は、ほとんど集中できず白紙で答案を出す、という状況でした。

 

中学に入り落ち着きを見せ始めていた息子でしたが、その時の息子の様子は、完全に落ち着きをなくしており、地に足が着いていないというか、自分を見失っているような感じでした。

 

不注意の面においては、特に進路関係のお手紙や提出書類が増える中、一向に忘れ物が減る気配なんてなく、むしろお手紙が増えたせいか、忘れ物が増えていきました。

 

授業でも、ノートをとることができない、提出書類が出せない、積極性がないので、発表もしない。先生に質問されると、極度の緊張をしてしまい、言葉が詰まってしまったり、パニックになったり等々、色々とありました。なんだか昔に戻ったみたい。。。そんな風に思っていました。

 

おかげで、内申点は散々なものでした。

 

そして、2学期最終の大事な模試と、校内テストで最悪の結果がでます。

 

5科目全てをほとんど白紙で出してしまいました。(やる気になれず、寝ていたそうです。)

 

このままでは。。。マズイ━━━━[;゚;Д;゚;]━━━━!!

 

いったい受験はどうなってまうのでしょう。。。

 

つづく・・・。

 

www.poroporonamidako.com

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑩

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain


こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第10話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com


前々回は、 息子が小3になって、問題を抱えながらも、楽しく過ごせていることを書きました。

 

小4の頃

 

4年生も3年生と同じく、緩やかではありますが、できることが増えて、少しずつ成長してくれていました。

 

4年生の担任の先生も、とてもいい先生でした。

穏やかで、淡々と話し、プラス思考で、1年間で、誰一人として、怒鳴ったりすることはない先生だったと、後に息子は語っています。先生との相性って大切ですね。

 

息子は、思っていることを中々言葉にすることができません。また、話そうとすると、詰まってしまったり、どもってしまったりするのですが、先生はゆーーーっくり優しく、話を聞いてくれていたそうです。

そのおかげか、クラスのみんなも息子に対して、そのように接してくれるようになったそうです。

 

まだまだ、言葉足らずな点は多々あった息子ですが、例え言葉に詰まっても少しずつ話せるようになってきたのは、この頃です。

 

自信がついてきたのでしょう。

 

クラス全員の前で、みんなを笑わせたりするようになっていました。(成長したな~(╥﹏╥))

 

クラス最後の日、みんなお別れが悲しくて、泣いていたそうです。でも、息子は、なぜみんなが泣いているのかわからなかったそうです。家に帰ってきて、どうしてみんな泣いていたのか??と私に聞いてきました。

 

説明しても、痛みや苦しみ以外にも寂しくても、嬉しくても、人は涙を流すということが、まだ、この頃は理解ができていないようでした。

人の感情についての理解も遅かったんです。

 

でも、4年生の1年間で、息子にとっては、大きく成長してくれた1年でした。

 

このまま無事成長してくれれば・・・。

 

5~6年生の頃


問題は、5年生になってから出始めました。

だんだん、学校でやらなければならないことが高度になり、少しずつ、生活面で問題が出てくるようになりました。
例えば、移動教室が増え、気持ちの切り替えがなかなかできない息子は、なかなか教室から移動することができずにいました。


また、高学年になり、リーダーシップをとらなければならない立場になりますが、息子はリーダーシップを取るどころか、足を引っ張る存在なので、分団登校や、その他の学校行事において、少々問題が発生しておりました。

他にも忘れ物などの不注意に関する様々な問題は、ほんの少しずつですが改善しているとはいえ、根本的には、なかなか改善できずにいました。

 


そこで、やはり本人の為にも病院を受診してみては?という流れになっていきます。

そして、私は、息子に病院に行く話をするのですが・・・。




絶対に嫌!(*`・з・)ムッ


と全力で拒絶されます。ガ―(´・ω・|||)―ン!!

病院で診断され、お薬を飲んでいるお友達がいた息子は、「俺は、絶対に病院には行かないし!薬も飲みたくない!」と、完全拒絶してきました。

自分でもいろいろと調べたりして知っているようでした。
それなら、尚更、自ら進んで病院に行くという選択肢を選びそうなものですが・・・。
頑として譲らない息子でした。( ̄д ̄)

結局、現状のまま見守って行くことになります。


私にできることは他にはなにか・・・。カンガエルカンガエル(ˇд ˇ;)

運動をすると症状が落ち着くと聞けば、積極的な運動を心がけるように仕向けたり、
(運動すれば、脳にたくさん血が流れ症状が落ち着く人がいるらしいので。)

即席の食べ物は脳に悪影響と聞けば、オーガニックにこだわり、できるだけ手作りを心掛けたりしました。

結局、基本的な健康生活ですかっ!


そうして、問題解決ができないまま、息子は中学生になりました。

 

中学生になって


運動部に入部し、運動のおかげか、すこしずつ落ち着きを見せ始めました。

(この頃は、もう授業中にもじもじしたりして、動くということはなくなっていました。)

運動は、本当にいいですよ!

息子自身が今でもよく言っています。

運動すると、頭の中が曇りから晴れに変わる感じがすると。

頭がスッキリして、物事に集中しやすくなる、また、やる気が出るらしいです。不注意な部分が軽減されるようでした。

そして、心も体も成長し、中学生活を満喫していました。忘れ物等の問題は、相変わらずで先生に厳しく叱られることもありましたがね。

このまま、病院へ行かなくても大丈夫かな~。
そんな風に思っていました。

次回は、いよいよ中3受験期のお話を書きたいと思います。

つづく・・・。

 *この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑨

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第9話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 
前回は、息子が小3になって、状況が好転し始めたお話をしました。


今回は、話を少し戻し、小2の担任の先生(以後:年配の先生書きます)のその後について、書きたいと思います。

私は基本的に先生のことは悪く言いたくありませんが、こういう先生もいるのだという事で、少しお話ししたいと思います。

以前に年配の先生から息子が激しく叱責されている話を書かせていただきました。

www.poroporonamidako.com


実は、クラスに激しく叱責されている生徒が、息子の他に数人いたようです。

全て落ち着きのない子ばかりでした。

その中に、仲良くさせていただいているお母さまの子もいました。

そのお母さまも、懇談会でうちと同じように、虐待しているだの、子供を保育園に入れているから愛情不足でこんな子供になるだの、そのお母さま自身を激しく否定するようなことまで、色々と言われたようです。

そのお母さまも、とてもまじめな方で、先生からの言葉に非常に落ち込み、真剣に悩んでおられました。(ちなみに、私も真面目です(笑))

 


子育て、間違ってたんだろうか・・・と。


その頃は、お互いに、子供の為にどうしたらいいか、どうしようという悩みを相談しあっていたように思います。

 

年配の先生は、落ち着きのない子イコール虐待されている子という考えしかない先生で、思い込みで、激しく叱る先生だったので、来年また、あの先生が担任だったらしんどいね、という話をしていました。とても心配でした。


ところが、息子が3年生になって、その年配の先生は学校からいなくなっておりました。(正直ほっとしました。)
今まで、いろいろとあった先生だったので飛ばされた?辞めさせられた?と噂になっておりました。

そんな年配の先生から、新年度早々、お手紙が届きました。
そこには、自分が教師を辞めることになったことが書かれており、名前こそ書かれていないものの、私達に対する当てつけかのような内容のお手紙でした。それを、当時受け持った生徒全員に送っていたようです。

なんだか、とても悲しくなりました。

 

年配の先生は、自分を正当化したかったんだと思います。でも、人を傷つけてでも、それをする必要があったのでしょうか?

私は先生である前に、人としてどうなのかと思ってしまいました。


そして、辞められた後もしばらくの間、度々うちの学校を訪問し、うちの息子の様子(問題を起こしていないか)を聞きに来られていたようです。後の担任から聞きました。

我が子のことを、心の底から心配して来てくれていたのだと、信じたいです。

 

最後の最後まで、不信感でいっぱいの先生でした。

 

もちろん、世の中にはいい先生は、たくさんいます。

私も、いい先生にたくさん出会ってきました。

でも、全てじゃない。年配の先生のような先生もいる。子供の様子がおかしい時、先生を疑う事なんて微塵も思わないかと思いますが、こういうこともあるのだと、みなさんには、知っておいて欲しいです。

 

つづく・・・。

www.poroporonamidako.com

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑧

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain



こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第8話です。

過去の記事はこちらから

 

www.poroporonamidako.com

 

www.poroporonamidako.com

 

前回は、息子がWISCⅢの検査を受けて医療機関の受診を勧められたところまでを書きました。

 

ここで、医療機関を受診となると思いきや、私はここへきて迷いが生じ、医療機関を受診することを先送りしてしまいます。

 

医療機関受診を見送り 

 

ちょうど、受診を勧められたのが小2の終わりころでした。

 

教育相談へいくことで、少しずつ良い方向へ向かい始めた息子。

薬を使わなくても、やっていけるんじゃないか?と私は錯覚をしてしまったんです。

もしかしたら、このまま普通の子に。。。なんて、淡い期待もありました。(見事に打ち砕かれるんですけどね(笑))

 

それに、当時息子はとても痩せていて、薬の副作用でこれ以上痩せるのは心配・・・。という思いもあり、他の副作用のことも考えると、薬を飲ませることに少し抵抗がありました。

 

だから、相談員の方に、医療機関の受診は、もう少し様子をみたいと伝えたんです。

すると、新学年になって、様子をみてからでもいいとおっしゃって下さったので、しばらく様子をみることにしたのです。

 

3年生からとても明るくなる 

 

3年生の担任の先生がとてもいい先生でした。

男性の先生で、休み時間は毎日息子とサッカーをして遊んでくれました。

息子の気持ちをとても大切にして下さる先生で、何かあっても、息子の気持ちを大切にして時間をかけて話を聞いてくれたそうです。

 

また、できない中でもスモールステップでいろいろ挑戦させようとして下さいました。

 

そして、何より息子の良いところをいっぱい褒めてくださいました。

 

その頃、運よくうちが通っている小学校に、ことばの教室の先生が来て下さるようになりました。

そこで、担任の先生と、ことばの教室の先生が連携して下さり、息子の事をよく見て下さるようになりました。

授業中もちょくちょく様子を見に来て下さっていたそうです。

 

これも、息子にとって、とてもよかったです。

この年は、いろんなことに自信がついた1年間でした。

 

今までより格段に過ごしやすくなった学校で、息子はとても元気になりました。明るくなりました。

褒めてもらうことで、出来ることも増えていきました。怒られる数も、ものすごく減りました。

 

先生方が温かく接して下さったおかげです。

センセイアリガト(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコ

 

学校に行き渋ることもなくなり、友達の数は3年生になってから、ものすごく増えました。(≧∀≦)

 

2年生の時が酷すぎたので、何もかも、ものすごくよくなったように思ってしまったんですね。

 

だから、このまま薬なしでいいよね。行けるよね。(´・ω・`)

そう、思ってしまったんですね。

こうして、受診はせずに、3年生は過ぎて行ったのでした。

 

 

 まだまだ問題はあるのにです。。。

 

次回は、2年の担任の先生のその後について、少し書きたいと思います。

 

つづく・・・。

 

www.poroporonamidako.com

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑦

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

 

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第7話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

前回は、教育相談に行き、少し息子の様子が落ち着きを見せ始めたというところまでを書きました。

これは、学校の担任からの配慮だけでなく、相談員の方からのアドバイスを参考に、家でも、息子の特性について理解するように努めたことが大きかったからです。

 

私も、今と比べると、当時は、特性に関する理解がなかったと思うことが多かった。それが、相談に行くことで勉強になりましたし、誰かに話すことで、気持ちが楽になったことはとても良いことでした。

 

母親のメンタルヘルスは本当に大切ですね。

母親の気持ちに余裕があれば、子供にやさしくなれます。

それによって、子供の心の安定もはかれます。

 

アドバイスをもらって特に効果があったこと

息子は耳から聞く情報に弱く、言葉での指示が通りにくい傾向にありました。

例えば、遠くから呼んでも指示が通らない。「ごはんよ~」なんて遠くから呼んでも、全然食卓にはやってきません。全くの無視→私が何度も呼ぶ→息子は何だかよくわからない。(混乱している?)→私がイライラする。→怒る!今まではその悪循環でした。

 

教育相談では、そういう子には、目の前に行って、手を握って話しましょう。

物事がうまく伝わらない時は、紙に書いて会話をするのはどうですか?とアドバイスをもらいました。

 

これは、うちの子にはすごく効果がありました。

目の前で話すと、比較的すんなり動いてくれることが多くなりました。

手を握るのもよかったと思います。安心するのかな?

 

そして、紙に書いて説明すると、混乱している情報を整理できるようで、とても、物事が伝わりやすくなりました。

同じような方がいらっしゃったら、試してみて下さいね。

 

WISCⅢの検査を受ける


前回少しふれましたが、教育相談で、WISCⅢという検査を勧められました。

 

すぐに、予約を取って、受けることにしました。

息子が受けたのはWISCⅢという検査です。(現在はWISCⅣのようですが・・・。)

私が受けた訳ではないので、具体的にどんな検査かは言えませんが、知能検査のようです。詳しいことは、下記リンク先に詳しく書かれてあるので、こちらをご覧ください(説明できず、すみません(;^_^A))


www.chibatc.co.jp

結果はやはりADHD?


息子の結果は、やはり凸凹があり、不注意の部分が目立つとのこと。
やはり、ADHDの可能性が高く、医療機関の受診を勧められました。

そして、飲むであろう薬(ストラテラ)の説明も受けました。

投薬によって、改善される部分。
《頭の中の情報が整理できて、不注意の部分が少なくなる。→叱られる回数が減る。→良い部分が見えてきて、周りから認めてもらえる。→褒められる→自信になる。》好循環を作ることができるようになるかもしれない。

ただし、副作用もあると。多くの人は、食欲不振や、頭痛などの症状がでるようです。
また、通院や薬代もかかります。(地域によっては、子供は無料かな?)
最悪の場合は、何も効果がなく副作用だけ出る人もいると、説明がありました。


ここで、医療機関受診をして診断となりそうですが、実際に息子が診断されるのは、実は、高校生に入ってからなんです。私に迷いが生じてしまいまして・・・。( ;∀;)

 

もうしばらくお付き合い下さいませ(-人-;)



つづく・・・。

www.poroporonamidako.com

 

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑥

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第6話です。

過去の記事はこちらから
www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

 前回は、学校で先生から毎日激しい叱責を受け、学校に行き渋っている原因がわかったところまでを書きました。

お友達に学校での息子の様子を教えてもらい、息子の思いもじっくり聞くことができ、何とかしなければと自分を奮い立たせましたね。

 

やっと教育相談へ

当時息子は、気持ちに余裕がなく、不安定になっていました。おそらく学校でもそんな感じだったのだと思います。

先生に何を言われても、怖すぎて返事ができなかったそうです。完全に脳がフリーズしていたんですね。(中学生になってから息子が話してくれました。あの先生マジでヤベ━━━━[;゚;Д;゚;]━━━━!!と。)

 

そもそもの原因は、息子に特性があり、どうしても、周りに迷惑をかけてしまう事。

 これを減らさなければ、また学年が上がって、担任の先生が変わったとしても、同じことが繰り返されてしまいます。

 

なんとかしなければ・・・。

 

本来であれば、担任の先生に相談をすればよいことなのかもしれないのですが、私は、今までの状況から、あの担任の先生は、信頼できないなと思っていました。

 

どうすれば、息子の困り感を少しでもなくすことができるのか?

どうすれば、どうすれば・・・(ーー;)

 

保育園の時から、保健師さんに発達相談をし、学校入学時に配慮の必要な子供であることを申し送りをしてもらっているにも関わらず、担任のあの配慮のなさ・・・。

(後に分かったことですが、1年生の担任から、きちんと引継ぎがされていなかったようです。)

 

あの時は、絶望しかありませんでした。

 

こうしたことから、学校外の教育相談機関を利用することにしました。

 

そこで、今までの成育歴を話し、今後の対応について相談しました。

 

細かいアドバイスをもらい、WISCⅢという検査を勧められる

 相談したことに対し、忘れ物の多さにはこう、整理整頓ができないことについては、こういう風に対応しましょう。というように、一つ一つ問題点を挙げて、具体的にどういう風にして対処したらいいのかを、教えてくださいました。

 

また、相談員の方から、その担任には、問題があるので、こういう風に学校側に申し入れをして下さい等アドバイスをもらいました。

(学校側になにか意見を言うなんて、完全にモンペ扱いになるのかと思っていたので、意外でした。)

 

 そして、WISCⅢという検査を進められます。(なんだ?(゚Д゚)←この時はまだ、なんにも知りません。)

 

相談後、相談員の方は、担任にも学校側にも直接お話(指導)をして下さったようです。

 

それにより、担任の先生は相変わらず、私には敵意むき出しでしたが、子供に対しては、あまりひどいことはしなくなっていったようです。

 

すると、息子は少しずつ、家では落ち着きを見せ始めるようになりました。( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

よかった。本当によかった。(ღˇᴗˇ)。o♡

やっと、希望の光が見えてきたような気がしました。

 

 

つづく・・・。

 

www.poroporonamidako.com

 *この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで⑤

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。 

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第5話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

前回は、息子が2年生になって、学校を行き渋るようになり、懇談会で私が叱責を受けたというお話まで書きました。

 

見せしめ

 

懇談会の後、私は、あることを思い出しました。

 

懇談会の少し前の参観でのことです。先生が保護者に向けてお話されていた時の事。

 

先生:「このクラスの保護者に虐待をしているお母さんがいます。今すぐに虐待は止めて下さい。その子供は落ち着きがなく、忘れ物が多く、整理整頓ができない子です。」

 

私はこの時、このクラスに虐待されている子供がいるんだー、かわいそうだなーなんて完全に他人事に思っていました。

・・・が、まさか o(*`ω´)o、自分のことを言われていたとは・・・。あれは、私に対する見せしめだったんですね。

  

 私も辛かったし、息子も辛かった。(´;ω;`)ウゥゥ

 

全てが繋がった!

 

数日後、息子のお友達が家に遊びに来た時の会話です。

 

友達A:「しっかし、(息子が)学校で怒られすぎやでー。」

友達B:「なんで悪くないのに(息子は)反論せえへんの?」

息子:「うまく説明でけへんし、めんどうやし。きちんと話を聞いてもらえへんし、どうせ怒られるのはわかっているから。」

友達B:「でも先生酷すぎるでー。」

友達A:「先生は、いつも悪くなくても(息子を)悪者にしているやん。悪者って決めつけられてるから、ちゃんと言い返したほうがいいよー。」

息子:「・・・・。」

 

私は思わず友達に、それどういうこと?と話に入って聞いてしまいました。

 

友達が言うには、先生は、うちの息子が悪くなくても、全部息子のせいにして怒っている。絶対に息子の思いを聞くつもりはなく、息子以外の生徒の意見しか聞かず、毎日息子のことを悪いと決めつけて怒鳴りまくっている、と言うのです。

後日他の先生や、保護者の方からも同じことを聞きました。

 

他の子は5~10分で伝えられる話も、息子は1時間くらいかけてじっくり話を聞かなければ、何が言いたいのか当時はよくわかりませんでした。学校ではいちいち息子に時間をかけていられないのかもしれませんが、全部悪者にしているとは、ひどい話だなと思いました。

 

そして、その夜、息子にじっくり時間をかけて話を聞きました。

 

するとやはり、先生からかなり叱られていること。

息子が、そわそわ、もじもじしたり、動きが他の子よりも一歩も二歩も遅いこと等、先生はイライラしているようでした。

そして、他の子がやったいけないことでも、こんなことをやるのは息子しかいない、あなたが悪いと決めつけて怒鳴られるということがわかりました。

 

毎日激しく怒鳴られるので、学校には行きたくないこと。それを親に話せば学校で叱られてばかりがバレて、親からも叱られるのではないか、心配をかけるのではないかと思うと私には話せなかった。と息子は話してくれました。

 

確かに息子は、特に大人から見るとイライラさせる子です。

授業中も気が散って、授業と関係ないことをしてしまうのは日常茶飯事。

だからといって、先生が息子を怒鳴り散らして学校に行けない状況にまで、追いやるのは完全にアウトです。

 

 私は、このままでは、息子が壊れてしまう。何とかしなければ!と強く思い、自分を奮い立たせたのでした。

 

 

 

 つづく・・・。

 *この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

www.poroporonamidako.com

 

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで④

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第4話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

www.poroporonamidako.com

 

前回は、息子の小学校1年生までのお話しをしました。

今回は、2年生になったころからお話ししたいと思います。

 

落ち着きのなさが酷くなる

 

2年生になり、学校生活にも慣れ始めたかな~という頃から、学校を行き渋るようになりました。

保育園の頃の最悪の状況だったときに戻ったみたい。

  

 理由を聞いても、

「とにかく行きたくない(# ゚Д゚)」と言うばかり。

 

私:「いじめられてるの?」

息子:「友達は、けんかするこもあるけど、みんな大好き。」

私:「じゃあ、なんで?」(どうした、息子よ!)

息子:「・・・・。」(出た、だんまり攻撃だ!)

 (゚д゚;)

 

家の中でも、落ち着きのなさが酷くなり、かんしゃくも酷くなっていきました。

 

5つ下に娘が生まれて、手がかかっていたので、そのせいかな?なんて思ったりもしていましたが、息子の様子が、やっぱり、なんかおかしい、症状が悪化していると感じるようになります。

 

私自身にも余裕がなく、疲れ果てていました。

 

 

懇談会で先生からの衝撃の一言

 

 そんな時、学校で個人懇談会がありました。

 

そこで、先生から信じられないことを言われます。

 

先生:「これ(通知表)をみて、どう思います?」

 

通知表には、生活面での評価の悪さが目立っていました。

  

先生:「お母さん、勉強ができればいいって言う問題じゃあないんですよ。」

 

私の心の中:<勉強もそんなにはできてないよ・・・。>

 

先生:「こういう評価の子供っていうのは、私は長年教師をやっているからわかります。虐待しているでしょ!」

 

エッ??ː̗̀(☉.☉)ː̖́(; ・`ω・´)ナン…ダト!?

私:「やってないです!!٩(๑•̀ω•́๑)۶」

 

先生:「いいや、やってます!学校で息子さんが落ち着きがないのは、家で全く安らげていないからです。家で全くリラックスさせてないでしょ!好きなことを何もさせてないでしょ!だから、こんな子供になるんです。ピーチクパーチク・・・○△□※$#」

 

私:<めちゃくちゃダラダラしてるよ。好き勝手しすぎて困っているのに・・・。(ーー;)>

 

先生:「このままだと将来は、家庭内暴力をする子になりますよ。虐待は止めてください。虐待を止めれば、落ち着きのある子供になるし、忘れ物もしないし、整理整頓もできる子供になります!」

 

私:「虐待なんかしていません!それに、リラックスさせていないなんてことはありません!」等、私もいろいろ反論しましたが・・・。

 

先生:「認めたくないのかもしれないけれど、虐待を隠したって無駄です。私には虐待していることは、長年の勘でわかってますから。とにかく虐待を止めてください。私から言えることは以上です。」(お帰り下さいというジェスチャーをされる)

 

チーン( ̄д ̄;) 

そのまま、教室を出たのでした。フゥ(o´Å`)=з 

 

つづく・・・。

 

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更により、リライトしたものです。

www.poroporonamidako.com

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで③

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第3話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com


前回は、息子の保育園卒園までの事を書きました。

悩みを誰にも打ち明けられず抱え込んでいたことを書きましたね。そして、今、そういう人がいたら、是非、誰かに打ち明けて欲しいとも書きました。

 

必ず、手を差し伸べてくれる人がいるからです。

 

 

 

話を息子が3歳前後の頃に戻します。

私にとっては体力的に一番辛い時期でした。

夫は、家事育児に非協力でしたしね。

 

でも、誰にも頼らず一人でひたすら頑張っていたんです。

 

そんな私は、一体どうなったと思いますか?

 

 

原因不明の高熱が出るようになったんです。

39度の熱が3~7日間出ては、何事もなかったように、すっと熱が下がる。

  

病院に行っても原因は不明で、薬も処方されず、恐らくストレスが原因では?と言われていました。

 

そして、 疲れがたまると、また発熱を繰り返す。

 

破滅へ一直線!!ฅ(๑*д*๑)ฅ

 

そんな時でした。②話でお話ししましたが、保健師さんに相談できるようになったのは。。。

 

気持ちがすーーーっと、楽になったんです。

生活が何か劇的に変わった訳ではなかったけれど、

とても、すっきりした気持ちになったんです。

 

そして、打ち明けることで良い方向に向き始めたんです。

 

一番効果があったのは、保育園側の理解が得られ、対応が良い方向に変化し始めたことですね。

 

 

それだけで、全然違いました。

 

息子の様子(気持ち)が落ち着き始めたんです。

恐らく、毎日保育園で怒られてばかりで、息子は不安定だったんだと思います。

 

すると、家での育児が格段に楽になりました。

 

そして、私も精神的にも体力的にも楽になり、その後、原因不明の高熱が出ることはなくなりました。

 

特性のある子は、どんなに愛情を注いでも注いでも、上手く行かない事が多いです。微笑みかけても笑ってくれなかったり、応えてくれないことが多いです。

子育てしているというよりかは、どちらかというと介護に近いような感じですね。

焦燥感や絶望感でいっぱいになります。

ガーン…(。ω。*)))ドテッ

 

そんな時に、一人で抱え込んでしまうと、壊れてしまいます。定型発達の子供でも、一人で子育てはできません。

 

だから、今辛い人がいたら、誰かに話してほしい。誰かに頼ってほしいです。そして、何より笑顔になってもらいたいです。٩(*´꒳`*)۶°˖✧

 

 

 

話を戻します。
息子が、小学校に入学してからのことを書きますね。

 

初めての授業参観


小学校に入学後、初めての授業参観は、私にとって衝撃的でした。

立ち歩きこそしていないものの、子供がじっと座っていないのです。

ヤベ━━━━[;゚;Д;゚;]━━━━!!

もじもじ、だらだら( ̄д ̄)、足はぶらぶら

(゚Д゚)、時には軟体動物のように、ぐにゃ~と机につっ伏している。(一体あなたは何者?)

ガ━━(゚д゚;)━━ン!!

 

授業を聞く気もない。びちょびちょになるまで、服をかんだり(緊張時にする)、制服のシャツを脱ぎ始めたり、授業中に関係ないことをしたり、それはもう見ていられませんでした。llllll(-ω-;)llllllガーン…

参観に来ていた他のお母さま方が、「あの子見て~。あれなに~。変!(; ・`ω・´)」とうちの息子を軽蔑の目で見ている状態でした。( ;´Д`)

 

めちゃくちゃショックでした。

ガーン…(。ω。*)))ドテッ

 

学校での様子

言葉が遅いので、お友達と意思疎通がうまくできず、度々トラブルを起こしていました。

 

お友達が話しかけてくれているのに、返事をしない、出来なかったんです。(言葉が口からなかなか出ないので)

で、お友達が怒って喧嘩になるパターン。



学童にも通わせておりましたので、そちらでのトラブルも多かったです。

トラブルを減らそうと、学校での様子を息子に聞くのですが、

「しらん」「わからん」
「・・・(無言、無視)」ナニー٩(๑•̀ω•́๑)۶

という状態。( ̄▽ ̄;)

上手く話せない息子なので、学校での状況を詳しく理解できずにいました。

そして、先生とお話しする機会がほとんどなかったので、先生からも学校の詳しい状況を聞くこともできませんでした。

毎日不安と焦りが増すばかりでしたね。( ;´Д`)

 


そして、いよいよ2年生がやってくるのです。


つづく・・・。

 

www.poroporonamidako.com



余談( ..)φメモメモ
後に、息子が大きくなってから聞いた話です。
1年生の時は、忘れ物が多く、授業中上記のような態度だったので、毎日怒鳴り散らされ、ほぼ1人廊下で授業を受けさせられていたそうです。(ToT)(息子よ。母は話してほしかった。でも、話せなかったんだよね。)

 

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

息子が発達障害と診断を受けるまで②

 

f:id:poroporo-namidako:20190611204103j:plain

こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを書いていこうと思います。(全14話)

 

今回は第2話です。

過去の記事はこちらから

www.poroporonamidako.com

 

もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

 

 

 

前回は、息子が保育園に入った頃のお話をしました。

 

2歳のころ

 

それからも、毎日毎日怒られてばかりで、保育園に行くのが苦痛だった親子。

(。º̩̩́⌓º̩̩̀).゜

 

毎日疲れ果て、家に帰ってからも、息子と向き合う日々は地獄でした。ヾ(。>﹏<。)ノ゙

 

なんでこうなんだろう???

いつも、頭の中は「なんで?なんで?」でいっぱいでした。

 

言葉がポツリポツリ出始めたのが、2歳半頃。

初めてバイバイをしてくれたのもその頃。(嬉しかった~(@^^)/~~~)

 

それまでは、言葉での意思疎通がほとんどできませんでした。

私が息子の気持ちを理解できないと、かんしゃくをおこす日々(*_*)

 

そんな日々を過ごしていると、どうしても、他の子と比べてしまう。

あまりにも息子の出来が悪いんです。特にコミュニケーションが・・・。

 

行動や気持ちの切り替えもなかなかできないため、遊びから食事、食事から身支度等にとても時間がかかり、手を洗いに行けば、15分は手を洗う様子をみていると、ものすごく落ち込み、そしてイライラする。( ̄▽ ̄;)

www.poroporonamidako.com

時間がなくて無理やり切り替えさせようとすれば、怒りを爆発させる息子。

 

そんな様子でしたので、保育園では、相変わらず先生泣かせの子供でした。

怒られる原因は、ほとんどが行動の切り替えができないこと。言葉が出ないこと。返事もできないこと。

息子は毎日怒られてばかり。。゚゚(´□`。)°゚。

 

3歳のころ

 

3歳くらいからは、私が迎えに行くと、息子は、廊下に立たされていることが多くなりました。

ヾ(。>﹏<。)ノ゙

 

そして、私も叱られる。

 

もう限界!!しんどい!!辛い!!育児やめたい!!(やめられないけどね(笑))

 

そう思っていた時、3歳半検診がありました。

その時、検診で引っかかったんです。

保健師の方から、「ちょっと心配やね。経過を観させてもらおうかな?」と言われます。(この時は、発達障害云々は言われておりません。)

 

これがよかった(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

半年に1度、経過観察として、保健師の方が面談をして、育児の悩み、困りごとなどを聞いてくれるようになったんです。

  

そこで、保健師の方が、私の気持ちを受け止めて、いろいろな悩みを聞いて下さり、また、アドバイスもして下さって、一気に気持ちが楽になったんです。

 

その頃の私は、息子の成長が遅いイコール、全て母親の私の責任だと思い込んでいたので、誰にも相談できず、一人で抱え込んでいました。⤵️⤵️

 

実の親にも何も話していなかったので、

悩みを話せる人ができて、嬉しかった。

 

そして、最初は保健師の方と私との二者面談でしたが、保健師さんから「園側の理解が得られないと、息子さんの状況がよくならないので、園側も含めてこれからは、三者面談にしましょう。」と提案して下さいました。

 

三者面談をするようになった頃から、園側の対応に変化が現れたんです。ナッナント( ゚Д゚)

 

すると、どんどん、園との関係も良くなっていきました。

 

初めて、「お母さん、今まで一人でよく頑張ってきましたね。」なんて言われて、思わず泣いちゃいましたもん。

ウワァァ━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━ン!!!!

  

 

今までは、園側は私たち親子を責め立てることばかりでしたが(ほんとにほんとに、すっごく園側は冷たかったんです(╥﹏╥))、少しずつ、どうすれば息子がよりよく過ごせるか、成長させることができるのかを考えてくれるようになってきました。

 

それからは、息子の様子が少しずつ改善をみせ始め、ペースはゆっくりですが、少しずつできることが増えていきました。

 

卒園の頃には、まだまだ問題は山積みでしたが、できることが増え、息子も笑うことが増えてとても嬉しかったです。(*≧∇≦)ノ

 

卒園の時、担任の先生に、「お母さんがどれだけ苦労されてきているのか、よくわかります。いつも真剣に子供に向き合っていて、えらいなって思います。」と言われて、息子を先生方と連携して一緒に育ててこられて、心の底からよかったと思いました。

 

毎日息子をみてきて下さった先生だからこそ、言える言葉なのだなと思うと、自然に涙がこぼれたのでした。( ;∀;) 

 

 

 

つづく・・・。

 

今、一人で抱え込んでいる人がいたら、是非誰かに話してほしいです。私は、あの時もっと早くいろいろと相談できていれば、もっと、早く、この負の連鎖を断ち切ることができたのにって思ってます。

 

その頃の私は、愚痴を言っちゃだめだよね?ママ友に頼るなんてダメだよね?なんて思ってました。

 

今だったら、バンバン人に頼るのに。。。(笑)

頼るのはいけないことだって、思ってました。

困ったときはお互い様。。。日本も捨てたもんじゃない!

 

そうやって、どんどん、保健師さんや、保育園にも、ママ友にもいろいろと悩みを打ち明けるようにすることで、好転することができました。

 

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

 

www.poroporonamidako.com

 

↓ポチっとお願い致しますm(__)m

にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村
発達障がい児育児ランキング