ぽろぽろ涙子今日も行く

乾癬発症から完治に向けて20数年の記録と人生色々雑記ブログ。

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて⑤~ステロイドの効果、そして主婦湿疹の改善へ~

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こんにちは、涙子です。

 

これは、私が乾癬(かんせん)という病気を発症してから、症状が落ち着くまでを書いたお話です。

 

 私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて①~長い闘いのはじまり~

 

気持ち悪い表現がちょくちょく出てきます。嫌な方は、読まないでくださいね.。

 

 

前回は、手荒れに悩まされて、病院を受診したところまでを書きました。

 

主婦湿疹と診断をうけ、ついでに、フケ・かゆみについても見てもらい、脂漏性湿疹であると診断を受けてましたね。

 

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて④~主婦湿疹(手湿疹)併発~

 

>今回は、病院で処方されたステロイド(塗り薬)の効果からお話ししたいと思います。

 

ステロイドの効果

 

ステロイドは、乾癬にも主婦湿疹にも、とてもよく効きました。

 

薬を塗ると、かゆみはすぐに引きました。

 

頭皮は薬を塗って数時間経つと、かゆみが復活してくる感じでしたので、その度に塗りなおしていました。

 

手の方は、しょっちゅう手を洗うので、ダメかもしれないけれど、頭皮よりもマメに薬を塗りなおしていました。

 

すると、1週間程塗ると、皮膚もだんだん綺麗になり、2週間程で、綺麗な肌に戻って行きました。

 

でも、治ったなと思って、薬を塗るのを止めると、途端に症状が復活してきました。

 

やっぱり、薬がないと症状を抑えられないのか~。

 

そして、いつか、薬を塗ることなく、根本的に治したい!!と強く思うようになります。

 

主婦湿疹(手湿疹)の改善 

 

ステロイドを使用しないで、症状を改善する方法はないのか。

 

まずは、主婦湿疹について、調べました。

 

いろいろと調べていくと、主婦湿疹の原因は合成洗剤の可能性が高いということがわかってきました。

 

じゃあ何の洗剤だったら大丈夫なのかというと、やはり天然の昔からある洗剤ということのようでした。

 

よし!使ってみよう。

 

天然でもいろんな種類があるようでしたが、私は使いやすさから考えて、液体のやし油原料100%のものを使ってみることにしました。

 

使い始めてしばらくすると、薬を使わなくても、腫れの頻度や、湿疹、出血が、少しずつ引いていきました。

 

皮膚が乾燥もマシになっていきました。

 

だんだん改善を見せ始めていると感じ始めた時、

 

なんと!夫が洗い物をしてくれるようになりました。(これはポイント大きいです!)

 

主婦湿疹は、できるだけ、水に触らないことが、一番ですもの。

 

そのおかげもあってか、今では、すっかり主婦湿疹は治って、綺麗になりました。

 

かれこれ10年以上この洗剤を使っていますが、主婦湿疹は再発していません。

 

 ただ、水仕事をすると、どうしても手が乾燥してガサガサの手になってしまいますので、ハンドクリームをマメに塗るのは欠かしません。

 

お手入れは大切ということですね。

 

ワセリンがよいかと思うのですが、べたつきがあり、尿素入りのハンドクリームは傷口がしみて辛かったので、私はユースキンを使っています。

 

これは、手にすり込むと、クリームの黄色い色が消えて、べたつきもなくなります。

小さい傷がある場合でも、傷口がしみることもなく、傷の治りも他のハンドクリームに比べて、早いように思います。価格がお手頃ですし、使いやすいです。

 

 

主婦湿疹で悩んでる方がいらっしゃったら、是非試してみて下さいね。

 

私が使っている洗剤(やし油原料100%)のメリット・デメリットをご紹介します。

 

《メリット》

主婦湿疹が治る。

安全性が高い。(有害物質を体内に取り込まない)

天然やし油100%。無添加成分。

泡切れがよい。

家のあらゆる掃除に使用できる

洗濯洗剤としても使える。

廃油を利用でき、がんこな油汚れの洗剤として使える。

 

 

《デメリット》

私が使用しているものは、希釈して使うものなので、薄める作業が面倒。(ぬるま湯が必要)

タッパー類を洗うときはなかなか汚れが落ちにくい。

近くのスーパーではなかなか売っていない。

薄めたものは、約3か月以内に使わなければならない。

 

私が使っている洗剤はこちら↓

お試し用の少量(250ml)のものもあります。

 

次は、頭皮の方について、書きますね。

いろんなシャンプーを試すんです。

 

つづく・・・。

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて⑥~脂漏性湿疹を自力で治すために~

 

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私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて④~主婦湿疹(手湿疹)併発~

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こんにちは、涙子です。

 

これは、私が乾癬(かんせん)という病気を発症してから、症状が落ち着くまでを書いたお話です。

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気持ち悪い表現がちょくちょく出てきます。
嫌な方は、読まないでくださいね。

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて①~長い闘いのはじまり~

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて③~奇跡の完治!?~

 

前回は、妊娠して、乾癬の症状が落ち着いたところまでを書きました。

 

束の間の幸せ

 

今までかゆみ、フケで悩んでいたのは一体なんだったのかと思うくらい、妊娠後期からは穏やかな日々を過ごしていました。

 

喉元過ぎれば熱さを忘れると言いますが、ホントに自分が乾癬になっていたことすら、忘れていました。(*´³`*)

・・・でも、敵はいなくなった訳ではありませんでした。

(やっぱり!!(((((((ι゚д゚;)アワワワ)



息子が1歳を過ぎ卒乳をしたころです。
再び、あのかゆみがじわじわと復活してきました。

やっぱり、治った訳ではなかったのです。

ガ━━(゚д゚;)━━ン!!

かゆみがどんどん増していき、かゆみ、かさぶた部分も瞬く間に広がり始めました。


妊娠前のかさぶたの範囲は、後頭部の右半分だけでしたが、今回は、左側にも広がっていきました。

どんどんひどくなっていく・・・。どうしよう。

ヤベ━━━━[;゚;Д;゚;]━━━━!!

主婦湿疹(手湿疹)併発


乾癬が再発し始めた時期と同時期に、私は、家事育児のせいでか、手荒れが酷くなっていました。

あまりにも荒れて、湿疹、痒みもひどく、手がじゅくじゅくするようになってきました。まるで、熟したトマトの様な感じです。少しでも、皮に切れ目が入ると、そこから熟した汁が中から出てくる感じです。手からは、絶えず、透明の汁が出ている状態でした。

やがて、指を曲げるだけで、指が切れて、血がでるようになります。

今でいう、パックリ割れですね。パックリ割れがひどくなって、深く切れて出血するのです。ヾ(。>﹏<。)ノ゙

ただ、歩いているだけなのに、ふと手を見ると、血だらけになっていたり、洗濯物を干していると、自分の手の血が、洗濯物のあちこちに血がついていて素手では洗濯物が干せなくなったり、もう手袋なしでは生活ができないような状態になっていました。

ある日、私は指の切れた痛みと、あまりのかゆみで、ついに一睡もできませんでした。ヾ(。>﹏<。)ノ゙

 

朝、よくよく自分の手を見てみると、しもやけになったように手全体が腫れて布団が血だらけになっていました。そして、痛みと腫れでついに指を曲げることができなくなっていました。

これは、ヤバい(((((((ι゚д゚;)アワワワ
さすがに、皮膚科を受診しようと思いました。

最初の診断


手荒れで受診すると、そこでの診断は主婦湿疹ということでした。
「治療法は水をできるだけ触らないこと!お薬を塗ること。」と言われました。

ついでに、頭のかゆみのことも聞いてみよう!と先生に診ていただくと、即答で「ああ、脂漏性湿疹ね。シャンプーがあっていないのかも。」と言われました。

そして、二つの湿疹にアンデベードというステロイドを処方されました。

つづく・・・。

 

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ブログ開設4カ月のごあいさつ

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こんにちは、涙子です。

 

今日で、ブログを始めてから4か月が経ちました。


ここまで、来られたのも、読者の皆様のおかげです。

4カ月も続いたのが信じられないです。


いつも、ご覧いただき、ありがとうございます。
━。゚+❀(≝∀(≝∀≝)∀≝)。゚+.❀━!!!

読んでいただいている方がいると思うと、頑張れます!

 

今、私のブログを見に来て下さった方のブログを読ませて頂いています。どのブログを見ても、皆様の文章力のすごさに感動しています。

 

感動と言っても、毎日ブログを読んで泣いているわけではなくって、(そんなことわかってるってと突っ込まれそうですね・・・•(*//艸//))

文章の書き方が素晴らしいなぁと思って、読ませて頂いてます。

 

綿密に下調べをして書いてるブログ。

綺麗(おしゃれ)なデザインのブログ。

流れるような文章、素敵な言葉がたくさん使われているブログ。

いろんなことに悩み、苦しみを書いているブログ。

心の叫びを書いているブログ。

今にもそれを食べたくなるようなブログ。

 

どれも、皆様の思いがこちらに伝わってきて、私は感動しています。

(どうして、そんなに人の心に響かせられるような文章がかけるのか。目の前で、話をされているような感覚になります。)

どれも、命を懸けて書いている文章だからだと思います!

だから、私は皆様のすっかりファンになってしまいました。

 

時に、突っ込みながら読んでます。

なんで、そんな、文章が書けるんだ!(すごいぞ!щ(゚Д゚щ))

そうそう(私もそう思う!)

涙する時もウワァァ━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━ン!!!!

ギャハハハハー(≧▽≦)って爆笑している時も・・・。

 

でも、実は、ちょっと落ち込むこともあるんです。

皆様のブログのすごさに圧倒されて、自分の文才のなさに落ち込んじゃうんです。(((;꒪ꈊ꒪;))):

恥ずかしいーーーーーー(/ω\)ってなっちゃうんですよね。

 

どうして、皆さんは、そんなに上手く表現ができるのか、言葉がポンポン出てくるのか?

それも、さらっと書いているような方が多いです。

  

これは・・・、才能としか言いようがない!

そう、私が読ませていただいているブログは、皆天才が書いている!

 

そうだ!落ち込むんじゃなくって、天才からパワーをもらって、明日への活力にしよう!と考え方を変えることにしました。

 

だから、皆様のブログ、これからも、読ませていただきます。

どうぞ、引き続きファンでいさせてください。m(__)m

 

そして、読者の皆様、これからも、私は、記事をボチボチ書いてまいります。

( ̄^ ̄)ゞピッ

引き続き、応援よろしくお願い致します。

 

涙子

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて③~奇跡の完治!?~

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こんにちは、涙子です。

 

これは、私が乾癬(かんせん)という病気を発症してから、症状が落ち着くまでを書いたお話です。

 
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気持ち悪い表現がちょくちょく出てきます。
嫌な方は、読まないでくださいね。

 

前回は、乾癬が発症してフケ・かゆみと闘っている様子を書きました。

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて①~長い闘いのはじまり~

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて②~フケ・かゆみとの闘い~

食生活の変化(ほとんど食べられない日々)


最初の症状が出始めてから4年ほど経った頃、私は、結婚しました。
そして、すぐに子供を身ごもります。

つわりがとてもひどくて、ほとんど食べられない日々が始まりました。

あらゆる匂いが気持ち悪く、特にお風呂やトイレの洗剤や、石鹸の香りが強烈に気持ち悪かった。トイレは息を止めて、お風呂は洗濯ばさみを鼻に挟んでシンクロ選手のようにして、入ってました。( *´艸`)

食事は、ほとんどとることができなくて、なますや胡瓜もみなどのお酢を使った料理やサラダ(トマトのみが多かった)を1食で一口二口食べるのが精一杯でした。

その食べたものも、気持ち悪くなってすぐに吐く日々。

もうゲロゲロの毎日で、涙と鼻水とゲロが顔でぐちゃぐちゃになっていました。
もはや涙子ではなくゲロ子と言われても仕方ないくらい、その頃は、ずーーーーっとゲロまみれでした。(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄

検診時にお医者様にこの窮状を訴えてみたのですが、「みんな悪阻はこんな感じだよ。食べられなくても水さえ飲めていれば大丈夫!もう少しの間、耐えるしかないね。」と言われてしまいました。

それからは水だけはきっちり飲もうと、水分補給だけは頑張って取るように努力しました。

通常であれば、安定期に入る5か月頃から、つわりはなくなる人が多いのですが、私は8か月ぐらいまで気持ちが悪かったです。

 

乾癬、奇跡の完治!?


そして、9か月目に入って、やっといろいろなものが、少しずつ食べられるようになってきた頃です。

私は重大な発見をします。

あれっ?頭がかゆくない(*'▽')
頭を触った感じもじゅくじゅくしたり、かさぶたができていない。
そういえば、フケも落ちていない。


ウッヒョー(*≧∇≦)ノ


治ったーーーー(*>∀<*)

そう思えた瞬間でした。
でも、これは、ほんのひと時にしか過ぎなかったのです。


なぜ今まで治ったことに気づかなかったのでしょうか?

おそらく妊娠初期から、乾癬の症状がなくなっていたとは思うのですが、つわりがあまりに辛かったので、その辛さばかりに気を取られ、症状が改善されていることに全く気づかなかったのでした(;^_^A


特に治療もしていないのに、なぜ、治ったのでしょうか?

《私の推測》
①妊娠して、体質が変わった。(体温が上がるから?)
②今までは、甘いもの、脂っこいものを多く取っていました。

 要するに食べ過ぎだったってことです。( ̄д ̄;)


 でもそれが、妊娠して、食べられなくなったことで、食生活が変わり改善した。
 
と推測してます。


つづく・・・。

私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて④~主婦湿疹(手湿疹)併発~

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私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて②~フケ・かゆみとの闘い~

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こんにちは、涙子です。

 

これは、私が乾癬(かんせん)という病気を発症してから、症状が落ち着くまでを書いたお話です。

 

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気持ち悪い表現がちょくちょく出てきます。
嫌な方は、読まないでくださいね。

 

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前回は、乾癬の症状が出始めて、フケ・かゆみが現れたところまでを書きました。

フケは、かゆくて頭皮をかいてしまった為に、皮膚が落ちたものでした。

 

フケ・かゆみとの闘い


最初のかさぶた(乾癬)の出現からわずか1年半ほどで、私の敵は、もはやかさぶたではなく、完全にフケ・かゆみへと変わっていきました。

毎日頭をかきむしる日々。

そうこうしているうちに、頭のかさぶたの範囲が加速度的に広がっていきました。

当初後頭部やや右下にできたかさぶたは、その頃には後頭部右半分を完全に占領するようになりました。

そうすると、かゆみの範囲も急速に広がり、猛烈なかゆみへと変化していきました。


いつしか、私の右手は常に後頭部にあるといってもいいくらい、ずっと頭をかいている状態になっていました。

たまに誤解されたのが、会社の会議などで、「何か質問は?」っと聞かれたときに、私の頭をかいている手が、挙手しているように誤解され、涙子があてられることがありました。(;^_^A

いつの間にか、私の肩に何とか留まっていたフケは、もはや収拾がつかず、私の周囲に大量に落ち始めます。


会社では、周囲にはバレない様にと、机や椅子の上に落ちたフケは、誰も見ていないだろう時に、さっと払いのけて誤魔化して隠しているつもりでした。(*方法1)

でも、既に周囲には完全にバレバレでした。

職場のみんなの前で、職場の大嫌いな人に、言われたことがあります。

「職場にすごいフケがある人がいて、不潔です!!!不快なので、辞めてほしいです。」と。

私が悪いのですが、皆の前で言われたこと、とても辛かったです(*_*)

家でも同じような感じでした。家では我慢せずにそこら中でかきむしるので、フケがまき散らされ、母からは毎日「汚い!気持ち悪い!」と言われ続けました。

家でも外でもそんな感じでしたので、少しでも周りを不快にさせないために、いつしか服は、フケが目立たない白しか着なくなりました。

「涙子は、白い服が好きだね!いつも清楚な感じだね。」なんて、言ってくれる人がいましたが、好きなのではなくて、白しか着ることができなかったのです(涙)

周りを少しでも不快にさせないために



私の体の周りは、いつも積雪注意報が出ているかのように、毎日職場では、机、椅子、周りの床がフケだらけ。(もう警報レベル!?)

少しでも、フケが落ちていないように思わせるため、先ほど挙げた*方法1とトイレに行くたびにトイレの便器の中に向かって肩のフケを払い、頭の中に堆積しているフケを髪をバサバサさせて振り落とす方法で、少しの間でも座席でフケが落ちるのを少なくしようと細心の注意を払っていました。

また、猛烈なかゆみを和らげるために、保湿クリームを塗ったり、ハンドクリームを塗ったりもしてみましたが、髪がべたべたになって、フケが髪の中に大量に留まるので、それはそれで、周りを不快にさせているようでしたので、やめました。

とにかく、かけばフケが落ちるので、できるだけかくのを我慢しようと思いました。



でも、我慢なんてできない!!

いつも、頭の中は、かゆみのことで頭がいっぱい。



なので、どうしてもかきたい時だけ、シャーペンの先を(時には芯を出して)かゆい部分に突き刺してました。ギューッと抑えると、すごく痛くなるんですけど、そのあと、痛みで少しかゆみが紛れるんです。

結局、1日中ぷつぷつとシャーペンを頭に突き刺すようになりました(笑)



普通のかゆみと言えば、皮膚の表面がかゆいと思いがちですが、私の場合は、皮膚の奥の方がかゆかった。

だから表面をどんなにかいてもかいても、かゆみが治まらなかった。

でも、シャーペンを頭に突き刺すと、奥まで手が届いて、かいている感じがして、すーっとするんです。

きっとあの頃の私の頭皮は、シャーペンでぷつぷつ突き刺しすぎて、きっと真っ黒だったと思います( *´艸`)

シャーペンで突きだしてしばらくした頃、突いていた部分の皮膚がじゅくじゅくし始めました。

そのうち、かゆみがある時は、じゅくじゅくして、かいてフケを落とす。

ある程度フケが落ちたら、皮膚が乾燥して、今度は新たな皮膚が再生され、分厚くなって硬くなる。

そして、またかゆみが発生して、じゅくじゅくしての繰り返し。

その頃のお風呂上りはというと、髪を梳くと、くしにいっぱいフケがこびりつく感じでした。

皮膚が湿っているので、フケが固まってごっそり、くしにつく感じです。

そのくしについたフケを見るのも、くしからそのフケをとる作業も嫌でした。

でも、そこでフケをごっそり取っておかないと、日中の落ちるフケの量が全然違います。だから、皮膚が痛くなるくらい、くしでごしごし取ってました。

時には、やり過ぎて出血する日もありました。(ToT)


こんなこといつまで続くの???辛すぎる。(⑉꒦ິ^꒦ິ⑉)
毎日落ち込む日々でした。


つづく・・・。

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私はこうして改善した!乾癬(かんせん)発症から完治へ向けて①~長い闘いのはじまり~

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こんにちは、涙子です。

 

これから書く話は、私が乾癬(かんせん)という病気を発症してから、症状が落ち着くまでを書いたお話です。


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気持ち悪い表現がちょくちょく出てきます。
嫌な方は、読まないでくださいね。

 


これは、私が23歳の頃のお話です。

仕事にも慣れ、全てが順風満帆に動き始めた、そんなある日の事でした。

 

たった一つのかさぶた~長い闘いのはじまり~


髪を触ったときに、ふと地肌に触れ、何か後頭部にかさぶたのようなもの(ニキビほの大きさ)が指に当たりました。

私は、ニキビがあると潰したり、かさぶたがあると、めくってしまう性格でしたので、迷うことなく、すぐに爪でひっかいて、めくってしまいました。

剥がしたかさぶたは、直径1~2ミリほどの大きさで、日焼けした後に皮膚がめくれた時のような白い皮膚を少し厚くしたような皮膚片でした。

私は、元々オイリー肌で、ニキビが酷く、顔以外にも背中や頭皮にもニキビができることがよくありましたので、「また頭にニキビができて、ニキビを無意識につぶしてしまってできた、かさぶただろう。」ぐらいにしか考えておりませんでした。

ところが、それから1週間ほどたった頃、後頭部に違和感を感じ、指で触れてみたんです。すると、また前回と同じ場所にかさぶたができていたのです。


「あれっ?先週かさぶたをとったところなのに、めくりすぎて、汁が出て、またかさぶたになっちゃったのかな?」なんて思いながら、また、皮膚をめくってしまいまいた。


それからというもの、1週間くらいで同じところにかさぶたができるようになり、できては剥がすを繰り返すようになっていました。

「今まで、こんなにかさぶたが治らなかったことはないのにおかしいな?」なんて思いながら・・・。


そうこうしているうちに、当初直径1~2ミリだったかさぶたは、半年後には、直径1センチぐらいの大きさに広がっていきました。

そして、私のかさぶた剥がしは、完全に習慣化されたのです。

 


そう、それこそが、私の乾癬との闘いのはじまりだったのです。

この記事を読んでくださっている方で首の後ろや、髪の生え際などのしつこいニキビで悩んでいる方は、いませんか?白いかさぶたのような、皮膚が浮き上がってくるような症状が出ていませんか?もしかすると、私と同じ乾癬かもしれません。

 

かゆみの出現


それから、約1年が経った頃、その日は突然やってきました。
更に、かさぶたが広がりをみせているな、と感じてきた頃でした。
突然、かさぶた箇所にかゆみが現れたのです。

一体このかゆみは何?何?何?

皮膚の奥の方から湧き出てくるようなかゆみです。

かゆい!かゆい!かゆい!とにかくかゆい!!

(;゜∇゜)

かゆいのは、後頭部。髪の毛もあるので、鏡で見てみても頭皮がどうなっているのかよく見えません。

一体全体どうなっているの?
(゜〇゜;)?????


毎日毎日、頭の中で不安だけが膨らんでいくのでした。

そしてある日、ふと鏡を見ると、肩にいっぱいお粉がついているではありませんか。

 


目を疑いました。

( ⊙⊙)!!

 


よく見ると、全部フケでした(((;꒪ꈊ꒪;))):



気持ち悪すぎて、吐きそうでしたฅ(๑*д*๑)ฅ

今までであんなに鳥肌が立ったことはありません。

とても気持ち悪くて、気持ち悪くて。

・・・そして、ショックでした

llllll(-ω-;)llllllガーン…

毎日シャンプーをきっちりしているのに、

なんでぇーーーー(。º̩̩́⌓º̩̩̀).゜



でも、それだけショックを受けているにも関わらず、その時は病院に行く!とはなりませんでした。なぜなら、父がフケが出る体質でしたので、遺伝かな?と半ばあきらめていたからです。

おかげで、病院に行くのは、まだだいぶ先の話になるのです。

こうして、新たな敵(フケ、かゆみ)との闘いが始まったのです。


つづく・・・。

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乾癬(かんせん)という病気について

 

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こんにちは、涙子です。

 

乾癬(かんせん)とは、皮膚の病気です。

道端アンジェリカさんが公表した病気として、有名になりましたね。

 

かんせんというくらいだから、人から人にうつりそうな気がしますが、他の人には感染しません。(これ!うつると誤解される病気なんです。)

 

日本では43万人が罹患しているそうで、増加傾向にあるようです。

 

原因はわかっていませんが、皮膚に炎症がおき、赤い発疹(紅斑)の上に、鱗屑(りんせつ)ができて、ぽろぽろとフケのようにはがれ落ちる。

比較的外から刺激を受けやすいところにできやすい傾向がある病気です。かゆみがある人もいます。

  

下記のサイトで、とても分かりやすく、詳細が書かれています。

私の説明より数百倍わかりやすいです。(;^_^A

 

皮膚の症状についての絵や写真があり、見て少し気持ち悪くなるかもしれませんので、お嫌な方は見ないでくださいね。

www.maruho.co.jp

 

私は20年以上、この病気と向き合っています。

特に、フケ・かゆみに長い間苦しめられてきました。

 

症状に苦しめられるのに加えて、精神的に辛い病気です。

先ほど申し上げた、うつると誤解されていることもそう、見た目がとにかく汚いし、気持ち悪いので、周りからの冷たい視線に悩まされます。

徐々にメンタルがやられます。(´༎ຶ╻༎ຶ)゙

 

今は、食事を見直すことで、フケ・かゆみは改善しました。今は、ポツリ、ポツリと、乾癬ができる程度です。

 

皆様にも、 私がどんな風に病気と向き合ってきたのか、どのようにして症状を改善したのか、これから、ご紹介していきたいと思います。

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夜中に聞こえてくるコリコリ音の正体とは?

 

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こんにちは、涙子です。

 

これは、私が新婚時代のお話です。

 

新婚生活が始まって、しばらくしたある日の夜中、私は、ある音でふと目を覚ましました。

 

変な音に悩まされる

 

コリコリ、コリコリコリコリ・・・・・。
何の音~?

 

次の日も、そしてその次の日も、その音で目が覚めた。
一体何の音なんだろう???

 

毎日コリコリ音がしている訳ではなくて、音が聞こえない日もありました。

 

ある時、コリコリ音が気になって、目が覚めて眠れない時がありました。
一体この音は何??すごく気になり始めました。

 

夫に相談

 

怖くなってきたので、翌朝、夫に相談した。

 

私:「最近、ずっと夜中になると、変な音が聞こえない?」

 

夫:「えー?Σ( ̄。 ̄ノ)ノ全然。へぇー。どんな音??」(えっ、あの音が聞こえない??

(; ・`ω・´)ナン…ダト!?)

 

私:「コリコリ、コリコリコリコリ、コリコリコリコリコリコリコリコリ(。>ω<)ノ。」

「もう、それはそれは、この世の終わりと言えるほど、すごーーーーく、すごーーーーく、怖―――――――くて、気持ち悪い音なの!!!カタ:(ˊ◦ω◦ˋ):カタ 」

「あなたは、ホントに聞こえないの?」

夫:「うん!全然聞こえない。」

ガーン…(。ω。*)))ドテッ

あの音が聞こえないとは、ある意味スゴイ!!

 

ヨシ!じゃあ、原因は、私一人で突き止めてやる!!(。・`∀´・。)

 

原因を探る


家の中からしている音であることは間違いないと思ったので、まずは、家の中をうろうろしてみた。(゚Д゚≡゚Д゚)

 

でも、原因は、わからない。ただ、寝室から聞こえているのは間違いないことはわかった。

 

この音、すごく、不気味。。。

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


虫か、小動物が木を削っているような、突いているような、または、骸骨が踊って、どこかに骨をぶつけているような感じの音。

 

犯人捜し


そして、数日後、また、夜中にあの音がし始めた。


しかも、今日はコリコリ音がパワーアップして、ゴリゴリ、ポキポキ、ガリガリ、バキバキ音になっている。(((;꒪ꈊ꒪;))):


今日は、スゴイな。

今日こそは、絶対に犯人を捕まえてやる!!

 

木を削っている音、ということは、木の家具から出てる音??。

 

敵に気づかれてはいけないので、抜き足差し足忍び足で、そーーーっと、チェストやクローゼットに耳を当ててみた。( ̄。 ̄/)

フローリングの床に這いつくばって、床にも耳を当ててみた。( ̄。 ̄/)

完全に怪しい人でしかない((( °ω° ;)))

 

でも、違った。見つけられなかった。

 


あっ、もしかして、ベッドかな??

音が近い感じがした!(ヨシ!敵は近いぞ!)(。・`∀´・。)

 

ついに突き止める

 

今日はすごく、激しい音なので、夫にも聞こえるかも、いや、是非、夫にこの音を一緒に聞いて貰いたいと思い、寝ている夫を起こしてみることにした。

 

夫の肩を揺すって起こそうとした、その瞬間でした。

 

 

 

 

 

バキバキバキーーーーーー!!!

 

 

 

 

と同時に、夫の口が連動して動いた!

えっ!?( ⊙⊙)!!


まっ、まさか・・・・違うよね。

そんなことないよね。。。

 

念のため、夫のほっぺたに耳を当ててみた。

 

バキバキバキバキーーー!!

 

夫のほっぺたの中から、スゴイ音が聞こえてきた。ː̗̀(☉.☉)ː̖́

 

( ゚д゚)ポカーン

 

そうなんです。コリコリ音の正体は、夫の歯ぎしりだったんです。(笑)

 

私は、生まれてから、自分の周りに歯ぎしりをする人がいなかったので、歯ぎしりという音を知らなかったんです。

だから、毎日夫が横に寝ているのにも関わらず、全く歯ぎしりだとわからなかったんです。

 

夫に報告

翌朝、起きてすぐに夫に報告をした。

私:「昨日の夜中、凄いことがあってん。コリコリ音の正体がわかってん!」

夫:「へー。そうなんやー。Σ( ̄。 ̄ノ)ノ何やったん?

私:「犯人は、あなたの歯ぎしりでしたーーー!!」

夫:「えっ、俺が原因??(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄」

 

私が事のいきさつを説明し、夫は、自分が今まで歯ぎしりをしていることを知ったのでした。 

 

 

その後、夫は歯の治療をしてから、歯ぎしりをしなくなりました。

 

あまりにも歯ぎしりが激しい人は、歯医者で、少し削って調整(緩めてくれる)してくれるみたいなので、悩んでいる人は、相談してみてくださいね。

 

 

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息子が発達障害と診断を受けるまで⑭最終話

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こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(最終話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれ

ている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は最終話です。

過去の記事はこちらから

 

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前回は、私立の滑り止め校に何とか合格したところまで書きました。

 

自信喪失 

 

滑り止め校に合格したとはいえ、結果が良くなかったということで、息子は完全に自信をなくしているようでした。

 

息子は、「滑り止め校(私立)には行きたくないので、公立の本命校は、ランクを下げる」そう言い出しました。

 

私は、「お金のことは気にしなくてもいいよ」とは言いましたが、私も息子の考えは正しいなと思いました。とても受かる気がしなかったからです。

 

そして、学校の先生も、塾の先生も最後の実力テストの結果から、ここだったら大丈夫かなというところにランクを下げて、公立高校を受験することにしました。

 

 公立の合格発表

 いよいよ、合格発表の日。

合格発表を見るために、息子は朝早くに出かけました。

しかーし、発表の時間が過ぎても、息子から、連絡がありません。

どうしたの??どうだったの???

 

 

 

 

 

 

 

結果は不合格 ( ⊙⊙)!!ギョエー

こっそり合格発表を見に行ってもらった夫から、連絡がありました。|д゚)チラッ

 

そこに、番号はありませんでした。(.;゚;:Д:;゚;.)

私の不安は的中しました。llllll(-ω-;)llllllガーン…

 

私もショックでしたが、息子はもっとショックだったのでしょう。

合格発表の帰りに、財布を無くしてしまいました。マサカ( ⊙⊙)!!ギョ

 

病院受診へ

 

合格発表からの帰宅後も、ショックで、「なんで、なんで。」を連発していた、息子でした。

そして、「きっと内申点が悪かったからだ。内申が悪くなかったら合格できていたはずだ。」と言い出しました。

 

試験もできなかったと私は思っています。・・・でも、確かに内申点も悪かった。良ければ合格していたかもしれない。

 

私:「どうして、内申点が悪かったと思う?」

 

息子:「それは、忘れ物が多かったり、提出物をきちんと出さなかったから。」

 

私:「そうだよね。息子の中では忘れ物を減らそうと努力していたとは思うけれど、私達や先生から、あれだけ言われていても、結局できなかったよね?中3の部活引退後から、不注意な面がひどかったよね。

高校に入ってからも、社会に出てからも、それは付きまとうことだよ。だから、今後の為にも、一度病院を受診してみた方がいいと思う。薬を飲むのが嫌だったら、飲まなくてもいい。でも、とりあえず、自分の特徴を分析するためにも一度病院に行ったほうがいいと思う。」

 

 

今まで、全力で病院の受診を拒絶してきた息子でしたが、

息子:「(静かに)うん。行く。一度きちんと見てもらいたい。」と言いました。

 

息子は受験の失敗によって、ようやく病院に行く気になったのです。

 

ADHDと診断

 

それから、すぐに病院を受診、いろいろと検査をし、4か月ほどかかりましたが、ADHDであると診断されました。現在は投薬治療をしております。

 

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ここに来るまで、すごく長かった。

 

息子が小2の時に、ADHDの可能性が高いと言われていながら、私が受診を血迷っていなければ・・・、もっと早く診断してもらっていれば・・・、息子はこんなことにならなかったのかもしれない。
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そう思うと辛くなる時もあります。

 

 

高校不合格も、親子共々とても落ち込みましたが、現在は気持ちを切り替えて、前を向こうとしております。

 

後ろは振り返っていられないですね。

 

我が家の息子の高校受験は残念な結果となりましたが、それをきっかけに診断を受けることができたので、結果としてよかったと思っています。

 

おわりm(__)m

 

 *この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

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発達障がい児育児ランキング

 

iPhoneデビューしました。~アンドロイドからアイフォンへ~Googleから呪いの電話?

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こんにちは、涙子です。

 

遅ればせながら、この度、私は、iPhoneデビューをしました。

パチパチパチパチヾ(*´∀`*)ノキャッキャ

(誰も言ってくれないので、自分で言ってます。(;^_^A)

 

これまで、iPhoneを使いこなせないのでは?という不安から、androidから変更できずにいました。

 

でも、息子に背中を押され、今回、思い切って機種変更しました!

 

AndroidとiPhone、使い勝手は、どちらも一長一短がありますね。
私は、メールをよく打つのですが、iPhoneは、メールが打ちにくく感じます。私だけかな??まだ、全然慣れません。( ̄▽ ̄;)
一方、ネットは、アイフォンの方が見やすく、操作しやすいです。
もちろん、はてなブログも使いやすい!!

 

早く慣れて、スマホから、ブログを書けるようにしたいです。(;^_^A

 

グーグルから呪いの電話?

 

昨日から、スマホの設定をいじったり、アプリを入れなおしたりしています。

そんな、昨日の夜中、1時半ぐらいの出来事です。

 

グーグルの設定パスワードを入れると、途端にスマホに電話がかかってきました。


発信元は、アメリカ合衆国コロンビア特別区ワシントンDC。

 

えっ!?アメリカ??( ⊙⊙)!!


アメリカにいる知り合いはいないし、一体誰??(((((((ι゚д゚;)アワワワ
しかも、こんな夜中に。。。ドウシヨウ(゚Д゚≡゚Д゚)ドウシヨウ

いやっ、時差があるから向こうはお昼ぐらいか?

 

かけてきた相手が、英語だったら、どうしよう。


夜中でも、Hello!と出るのか??動揺しまくる。ドウシヨウ(゚Д゚≡゚Д゚)ドウシヨウ

(ハロー、ハローと、心の中で呟く( ̄▽ ̄;))

 

いろいろ考えて、電話に出ようか出まいか。。。


すごーーーーーく迷った。

 

よし!出てみて英語だったら、夫か子供のiPhoneを拝借して、翻訳機能を使わせてもらってなんとかする!
と思ってみたが、2人共、既に夢の中でパスワードがわからない。

 

どうしよう。。。

 

ずーーーーーっと、この悩んでいる間も、電話はコールしたままだったので、意を決して、電話に出てみることにした。

 

「も・し・も・し・?」(あれだけ、悩んだのに、英語じゃなくて、結局日本語で出た( ̄д ̄))

 

電話の向こうでは、女性の日本語自動音声ガイダンスが流れて、数字6桁を言い渡された。
これを、グーグルの設定に入力しろと言う。
そして、2回アナウンスされたら、容赦なく電話は切れた。(もう一度聞きなおしたかった(*p_q*)シクシク)

 

よくわからないまま、設定画面に入力し、あっけなく、設定は完了した。

 

丑三つ時ではないけれど、夜中の電話だったので、きっと、何かグーグルからの呪いの電話か。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
と、本気で思ってしまいました。(:.;゚;Д;゚;.:)

 

 私は、てっきり何かやらかしてしまったのかと思いましたが、何も問題はありませんでした。(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

 

最近リライト記事ばかりになっておりますが、いつも、読んでいただきありがとうございます。グーグルサーチコンソールで、旧記事が除外になってしまっていて、よくわからないので、リライトしています。あとしばらく続きますのでお付き合いいただけると、幸いです。

 

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息子が発達障害と診断を受けるまで⑬

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こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれ

ている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第13話です。

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前回は、中3の二学期の受験の大事な時期に成績不振になり、志望校を決めかね、とりあえず、第一志望校で調査票を提出したところまでを書きました。

また、完全に落ち着きをなくした息子の様子も書きました。

 

息子のために私ができることは、何もない。

おいしいご飯を作って待っているだけ・・・?あんな状態なのに・・・?

 

塾での様子 

 

そんな時、塾の先生からお電話をいただきました。

あまりにも前回の模試が悪かったので、何かあったのかと、心配してお電話をくださったのです。

 

塾の授業での様子や、小テストなどの結果、自習室で勉強している様子からは、なぜ模試であんなに悪い点数になるのか、先生にもわからないようでした。

 

 

家での様子を少しお話しましたら、先生は、塾で何か気になることがあれば、すぐに連絡しますと言って下さいました。

それからも、先生からはちょくちょくお電話をいただき、息子のことを気にかけて下さっていました。とても、ありがたかったです。

 

私の想像 

 

確かに家でハイレベルな問題を普通に解いている息子をみると、とても模試であんな点数を取ってくるようには思えませんでした。

 

息子が模試で解けなかったという問題の中には、誰でも解けるような簡単な問題でさえ白紙で出していました。

 

どういうこと???アワ(゚゚дд゚゚ )ワワ!!

 

 

これは、私の想像です。

 

部活を引退してから運動を全くしなくなった息子。

小さい頃から、運動を全くしていない時期と言うのがなかったので、部活引退によって、体の血流が悪くなり、状況が悪くなっているのかなと思っていました。(息子は、運動をしていないと、頭がもやもやする。運動すると、頭がすっきりする、集中しやすいと言っていました。)

 

また、テストができないのは、緊張から完全に脳がフリーズし、何も考えることができなくなっているのでは?

 

実際に目の前で問題をさせてみる

 

 そこで、実際にどんな風に問題を解いているのか、私の前で過去問をやらせてみました。緊張していない状態だったらどうなるのか・・・。

 

結果は、やはり予想通り、上位校に入れる成績を取ってきたのです。

 

やっぱり、緊張からできない???集中できない???

 

入試までに何ができるか・・・。

そんなことばかり考えていました。

 

最後の実力テストと滑り止め校の結果

 

最後の実力テストの結果が出たのですが、前回のテストほどひどくはないものの、志望校には遠く及ばない結果となりました。

 

あとは、滑り止め校の結果次第。

合格しないと大変なことになります。

息子には話しませんでしたが、念のため、通信制の高校についても調べておきました。

 

 

 

そして、滑り止め校の合格発表。

 

 

 

なんとか無事合格!

 

過去問では、上位クラスの合格点を取っていた息子でしたが、結果は下位クラスでの合格となりました。

 

やっぱり・・・。(((;꒪ꈊ꒪;))):

 

・・・でも、下位クラスでも受かってくれてよかったです。

受かっていなかったら・・・と思うと今でもゾッとします。

 

受験の話ばかり、続いていますね。

次回は、いよいよ、本命校の合格発表(最終回)です。

 

つづく・・・。

 

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*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

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息子が発達障害と診断を受けるまで⑫

 

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こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第12話です。

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前回は、中学3年生2学期になって成績がジェットコースター級に急降下したところまでを書きました。

 

成績不振の理由

 

息子に不振の理由を聞くと、「急に問題のレベルが上がって全く解けなくなった」と言う息子。(ほんまか??そんなことないだろー??Σ( ̄。 ̄ノ)ノ)

 

私は、家での様子から、恐らく精神的なものが大きいなと思っていました。

だって、テストをほとんど白紙で出すって。。。

 

志望校をどうするか

 

2学期末の懇談会までに、志望校をほぼ決定しなければなりませんでした。

今のままでは、どこも受からない。

 

息子と志望校について、話し合いをしました。

 すると、やっぱり、最初から行きたかった本命の上位校に行きたいと。

えっ!?この成績で?????( ゚Д゚)ヨクイッタナ、ビックラコイタ(((;꒪ꈊ꒪;))):

 

今の成績じゃ、上位校どころか、下位の高校も受からない。

 

結局、本命の受験は3月なので、年明けすぐの最後の実力テストの結果を見てギリギリで判断しようという事になりました。

 

なので、とりあえず、2学期の懇談会では、息子の第一志望校を書いて提出しました。

 

そして、最悪のことを考えて、2月受験の滑り止め高校は、上位~下位まで3コースあり、上位で受験してダメだった場合、回し合格してもらえる高校に決めました。

 

このままでは、どこの高校にも受からない。

そんな不安が頭をよぎります。

 

息子の不安定さ

 

特に、私を不安にさせていたのは、家での息子の様子でした。

 

とにかく不安なのか、落ち着きがない。ずっとそわそわしている。

 

だから、勉強にも身が入らず、現実逃避をしているのか、家ではゲームばかりする。

 

落ち着きがない行動の中で、私が一番辛かったのは、同じ質問を何度も繰り返すことでした。

 

 

一日中家にいる時は、家の中をうろうろし、「朝、何時に起きた?」「朝ごはん、何時に食べた?(一緒に食べているのにですよ!)」「ご飯は何を食べた?」「お昼は?」この質問を1日に100回以上質問してくるのです。

 

何度も聞いているので、息子は私が、朝ごはんを何時に何を食べたかなんて、当然わかっています。

 

わかっているけれど、その質問を自分自身で止めることができないのです。

 

それを、1日中家族全員に聞いて回るのでした。

 

私達が答えると、少し落ち着くようでしたので、「〇〇を食べたよ。」「〇時だよ。」と落ち着かせるためにも、丁寧に答えるようにしていました。

 

でも、自分では、何とかしたいのにどうすることもできない、そんな感じで、見ていられませんでした。

 

早く受験が無事終わって欲しい。毎日祈るような気持ちでした。

 

そして、私は、更年期のせいか、ふと一人になった時、

 

これまでのことや、息子が苦しんでいる時に、何にもしてあげられない自分の無力さ、不甲斐なさ。

 

そう考えると、涙が頬を伝うようになりました。

 

私自身も不安定になっていたんだと思います。

 

 

あの時は、一日一日がとてつもなく長かった。

あーーー、神様仏様ーーー!!

息子は一体どうなってしまうのでしょう??

  

 

つづく・・・。

*この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

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短指症に生まれて

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こんにちは、涙子です。

 

皆さん、短指症ってご存知でしょうか?

先天性の奇形で、手足の一部が欠損しているものをいいます。

 

原因

 

原因は、遺伝的なもの、突然変異、妊娠中の病気で細菌やウィルスが何らか影響し、成長が阻害されてしまったもの等です。

遺伝が原因の場合は、必ず3親等以内に同じような人が必ず出るそうです。

 

 

これからお話しするのは、私の息子の小さい頃のお話です。

 

息子の誕生 

 

私の息子は、短指症として生まれました。

生まれつき片手の指が、全て第二関節までしかありません。手をグーにした時の長さぐらいまでしかありません。

 

 

子供の誕生は人生の中で、一番幸福感に包まれている時ではないでしょうか?

 

でも、生まれて初めて息子を見たときは、とてもショックでした。

 

入院中は、産後うつのせいもあってか、泣いてばかりいました。

 「五体満足に産んであげられなくて、ごめんね。ごめんね。」と。

 

息子の場合の原因は、私の妊娠中の病気が原因の可能性が高いと言われました。

ちなみに、息子は、発達障害もあります。

 

形成外科を受診

 

すぐに総合病院の形成外科を紹介され受診しました。

そこでの診断は、特に何も治療できるものはない。現実を受け止めて今ある指を器用に使っていくしかない。と言うものでした。llllll(-ω-;)llllllガーン…

 

でも、私は淡い期待を込めて、「本当に普通の手にする方法はないのでしょうか?」と思わず質問してしまいました。

 

バカな質問です。そんなこと、わかってる。

でも、聞かずにはいられなかった。

 

先生:「あるわけないでしょ!仮に方法があったとしても、手に無理やり何かをくっつけるだけ。それは言うならば、使わない車をずっと家に置いているのと同じ状態です。それは、邪魔なだけで、何の意味もないでしょ!手も同じだよ!」

 

もしかしたら・・・という淡い期待は見事に打ち砕かれたのでした。。゚゚(´□`。)°゚。

 

 

手をうまく使えていくか、とても不安でしたが、不安をよそに息子は器用に手を使い、すくすくと成長してくれました。

 

でも、やっぱり試練もありました。

 

4歳のころ

 

保育園で周りのお友達から、「手が小さいね。手が短いね。手が変だよ。おかしい。変!変!」などと、日常的に言われるようになりました。

周りの子供たちは、自分たちと息子の手の違いをおかしいと認識し、頻繁に指摘するようになりました。

 

息子は、下を向いて何も反論できず、無言で立ち尽くしているだけのようでした。

 

 

そしてある日、ある女の子が、私にしつこく聞いてきました。

 

女の子:「何で手が変なの?どうして違うの?」

 

私:「妊娠中にお腹の中でけがをしたみたいなんだぁ。原因はお医者様にもわからないの。だから、将来あなたがお医者さんになって原因が何か調べてくれないかな?」

女の子はお医者さんのお子さんということもあったので、そういいました。

 

女の子:「(静かに)うん・・・。」

 

とだけ言って、立ち去っていきました。それから彼女は、二度と私に聞いてくることはありませんでしたが、やっぱり子供は正直だなぁ~。と感じた出来事でした。

 

5歳の頃

 

5歳になった頃、息子はよく自分の手をじーーーーっと眺める日が多くなりました。

 

日常的にお友達から色々と言われていて、気にしていたのでしょう。

 

そしてある日、自分の手を眺めながら私に聞いてきました。

 

「ママ。。。このお手てはいつ大きくなるの?頑張って嫌いなものも我慢して、ご飯を食べているのにどうして大きくならないの?」

 

息子は、嫌いなものも我慢して食べていれば、いつかみんなと同じ手になると思っていたようです。

 

私は涙が出るのをこらえるのに必死でした。

 

そして、

 

私:「この指は、どんなに頑張っても大きくなることはないんだよ。周りのお友達のような手になることはないよ。でも・・・でも・・・、お母さんはこのお手てを見ていると、元気が湧いてくる。お母さんは、あなたのお手てが大好きだから。」と静かに答えました。

 

涙が溢れました。ウワァァ━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━ン!!!!

 

息子はショックだったのか、自分を納得させるためなのか、「そっか。そっか。」と何度もつぶやいていました。

 

私は、その時、ただ抱きしめることしかできませんでした。 (.;゚;:Д:;゚;.)

 

息子はそれ以来、決して手の話はしなくなりました。

そして・・・。

 

現在、息子は高校生になりました。今でも、私は、息子の手を見ると、苦しくなる時があります。

 

息子は、いっぱいいっぱい辛い思いをしているんだろうなと思うと、しんどくなるんです。

 

息子が生まれたばかりの頃は、息子に申し訳ない気持ちで、何とかして五体満足にする方法はないか?なんて考えたり、もし、息子が、普通の子だったらなんて、考えても仕方がない事ばかりを考えていました。

 

あの時は、過去にとらわれて、どうしようもなかったです。過去を変えることはできないのに、過去を帳消しにしたいと願ってばかりいました。

自分が救われたい気持ちでいっぱいだったんですね。

 

 

でも、息子は、違いました。

いつも前を向いていました。

今あるものを受け入れて、生きていく。。。(子供の順応する力はすごいです!)

 

それを見ていると、自分も徐々に現実を受け入れることが、できるようになってきました。

 

 

形成外科を初めて受診した時、待ち合いで、重い障害を持ったお子さん(4~5歳)のお母様に話しかけられたことが、あるんです。

 

「この子(うちの息子)は、どうして、病院に来たの?」と。

 

私が説明をすると、

「そんな事で、診察?受診したところで、治療なんてできないんじゃあない?そんな事ぐらいで悩んでるの?」

と言われました。

 

そんな事???

そのお母様は、強い人だったんだと思います。

 

確かに、そのお母様からすると、うちの子の障害は軽いもの。

 

でも、人によって受け入れられるキャパシティは、違います。

 

まだ、母親になりたてで、心も体も追い付いていない頃でしたから、すごく落ち込んだのを覚えています。

 

ちょっとしたことでも、悩んだっていいんです。

障害が軽いから、不安になっちゃダメ?悩んじゃダメ?

そんなことないです。

悩んで、誰かに打ち明ければ、いいんです。

 

そうやって、気持ちを少しずつ楽にしながら、一歩一歩前進していくんだと思います。ゆっくりでいいんです。親である前に一人の人間です。時には立ち止まったっていいと思います。強くいなければと思っても、できないこともあります。笑えない時もあります。私は、何度も涙を流しました。

 

子供も親も成長の速度は人それぞれ。

 

どうしようもなく悩んで、苦しくなってしまう時は、

私は、逆に考えない様にしています。楽しいことを考えよう!と意識するようにしています。

そうすると、また前を向けるような気がするんです。

 

そのことを、私は息子から教えてもらいました。

 

今落ち込んでいる人がいたら、未来は明るい❗そう信じて欲しいです。

 

きっと、これから、いいことがいっぱいあります!o(*^ー^*)o

 

私のように、こんなことがあっても、今元気にやっていますからね。

 

この記事を読んだ全ての人が、明るい未来になりますように。(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

 

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息子が発達障害と診断を受けるまで⑪

 

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こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第11話です。

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前回は、中学2年ころの様子までを書きました。

部活(運動)をすることで、少し状況が改善され、

このまま病院に行かなくても大丈夫かな~なんて思っているところまでを書きました。

 

そもそも息子は、病院を受診することを完全拒絶していたので、病院に行くという選択にはならなかったのですが、この受診するかしないかは、いつも私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていました。

 

少し状況がよくなれば、このまま大丈夫かなと思い、悪くなるとやっぱり受診した方がという考えが頭の中を堂々巡りしていまいた。

 

中3一学期

  

中3になってからも、受験だというのにのんびりムードの息子。

 

まだ、カリカリ勉強をしているという訳ではなく、1学期は、上位校を狙える位置にいたので、塾には通っておりましたが、部活以外はまだ、のんびり過ごしておりました。

 

様子が変わり始めたのは、部活を引退してからでした。

 

周りが勉強一色になって、何かを感じ始めた息子。

夏休みに入って、塾の自習室に通い1日中勉強しておりました。すごく頑張っていました!

 

中3二学期

 

そして、2学期に入り最初の実力テスト。

本人はこれだけ頑張ったから、きっと!という思いがあったと思います。

 

 

しかし、結果は、惨敗でした。ガ━━(゚д゚;)━━ン!!

 

あんなに頑張ったのに。。。

そういう気持ちがあったと思います。

 

そして、周りの受験モードに圧倒され、パニックになっていたんだと思います。(パニックと言っても見た目はフリーズしているような感じです。)

 

話していても上の空のよう。。。

そして、ストレスからか、蕁麻疹がでるように。。。

塾や学校に行くと出るようになったんです。

家に帰ってくると数分で、すーーーっと引くんです。

 

結局、家に帰るとすぐに症状が治まるので、特に治療はせずにいました。

 

 

そして、その後の模試と実力テストで、成績が急降下し始めます。

 

試験で5科目集中していることができず、3科目は高得点を取っても、あとの2科目は、ほとんど集中できず白紙で答案を出す、という状況でした。

 

中学に入り落ち着きを見せ始めていた息子でしたが、その時の息子の様子は、完全に落ち着きをなくしており、地に足が着いていないというか、自分を見失っているような感じでした。

 

不注意の面においては、特に進路関係のお手紙や提出書類が増える中、一向に忘れ物が減る気配なんてなく、むしろお手紙が増えたせいか、忘れ物が増えていきました。

 

授業でも、ノートをとることができない、提出書類が出せない、積極性がないので、発表もしない。先生に質問されると、極度の緊張をしてしまい、言葉が詰まってしまったり、パニックになったり等々、色々とありました。なんだか昔に戻ったみたい。。。そんな風に思っていました。

 

おかげで、内申点は散々なものでした。

 

そして、2学期最終の大事な模試と、校内テストで最悪の結果がでます。

 

5科目全てをほとんど白紙で出してしまいました。(やる気になれず、寝ていたそうです。)

 

このままでは。。。マズイ━━━━[;゚;Д;゚;]━━━━!!

 

いったい受験はどうなってまうのでしょう。。。

 

つづく・・・。

 

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息子が発達障害と診断を受けるまで⑩

 

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こんにちは、涙子です。

 

我が家の息子は、小さい頃から、とても育てにくい子供でした。( ;∀;)

(今もそうです・・・。)

 

 そんな息子の幼い頃から、発達障害(ADHD)と診断されるまでを、私の気持ちメインで書いていこうと思います。(全14話)

 

 もしかして、うちの子・・・そうなのかな?とか、既に診断を受けて悩まれている方、発達障害って???っていう方、育児で悩んでおられる方等、いろんな方に読んでいただけたらと、思います。

 

今回は第10話です。

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前々回は、 息子が小3になって、問題を抱えながらも、楽しく過ごせていることを書きました。

 

小4の頃

 

4年生も3年生と同じく、緩やかではありますが、できることが増えて、少しずつ成長してくれていました。

 

4年生の担任の先生も、とてもいい先生でした。

穏やかで、淡々と話し、プラス思考で、1年間で、誰一人として、怒鳴ったりすることはない先生だったと、後に息子は語っています。先生との相性って大切ですね。

 

息子は、思っていることを中々言葉にすることができません。また、話そうとすると、詰まってしまったり、どもってしまったりするのですが、先生はゆーーーっくり優しく、話を聞いてくれていたそうです。

そのおかげか、クラスのみんなも息子に対して、そのように接してくれるようになったそうです。

 

まだまだ、言葉足らずな点は多々あった息子ですが、例え言葉に詰まっても少しずつ話せるようになってきたのは、この頃です。

 

自信がついてきたのでしょう。

 

クラス全員の前で、みんなを笑わせたりするようになっていました。(成長したな~(╥﹏╥))

 

クラス最後の日、みんなお別れが悲しくて、泣いていたそうです。でも、息子は、なぜみんなが泣いているのかわからなかったそうです。家に帰ってきて、どうしてみんな泣いていたのか??と私に聞いてきました。

 

説明しても、痛みや苦しみ以外にも寂しくても、嬉しくても、人は涙を流すということが、まだ、この頃は理解ができていないようでした。

人の感情についての理解も遅かったんです。

 

でも、4年生の1年間で、息子にとっては、大きく成長してくれた1年でした。

 

このまま無事成長してくれれば・・・。

 

5~6年生の頃


問題は、5年生になってから出始めました。

だんだん、学校でやらなければならないことが高度になり、少しずつ、生活面で問題が出てくるようになりました。
例えば、移動教室が増え、気持ちの切り替えがなかなかできない息子は、なかなか教室から移動することができずにいました。


また、高学年になり、リーダーシップをとらなければならない立場になりますが、息子はリーダーシップを取るどころか、足を引っ張る存在なので、分団登校や、その他の学校行事において、少々問題が発生しておりました。

他にも忘れ物などの不注意に関する様々な問題は、ほんの少しずつですが改善しているとはいえ、根本的には、なかなか改善できずにいました。

 


そこで、やはり本人の為にも病院を受診してみては?という流れになっていきます。

そして、私は、息子に病院に行く話をするのですが・・・。




絶対に嫌!(*`・з・)ムッ


と全力で拒絶されます。ガ―(´・ω・|||)―ン!!

病院で診断され、お薬を飲んでいるお友達がいた息子は、「俺は、絶対に病院には行かないし!薬も飲みたくない!」と、完全拒絶してきました。

自分でもいろいろと調べたりして知っているようでした。
それなら、尚更、自ら進んで病院に行くという選択肢を選びそうなものですが・・・。
頑として譲らない息子でした。( ̄д ̄)

結局、現状のまま見守って行くことになります。


私にできることは他にはなにか・・・。カンガエルカンガエル(ˇд ˇ;)

運動をすると症状が落ち着くと聞けば、積極的な運動を心がけるように仕向けたり、
(運動すれば、脳にたくさん血が流れ症状が落ち着く人がいるらしいので。)

即席の食べ物は脳に悪影響と聞けば、オーガニックにこだわり、できるだけ手作りを心掛けたりしました。

結局、基本的な健康生活ですかっ!


そうして、問題解決ができないまま、息子は中学生になりました。

 

中学生になって


運動部に入部し、運動のおかげか、すこしずつ落ち着きを見せ始めました。

(この頃は、もう授業中にもじもじしたりして、動くということはなくなっていました。)

運動は、本当にいいですよ!

息子自身が今でもよく言っています。

運動すると、頭の中が曇りから晴れに変わる感じがすると。

頭がスッキリして、物事に集中しやすくなる、また、やる気が出るらしいです。不注意な部分が軽減されるようでした。

そして、心も体も成長し、中学生活を満喫していました。忘れ物等の問題は、相変わらずで先生に厳しく叱られることもありましたがね。

このまま、病院へ行かなくても大丈夫かな~。
そんな風に思っていました。

次回は、いよいよ中3受験期のお話を書きたいと思います。

つづく・・・。

 *この記事は、3月に書いた記事をドメイン変更によりリライトしたものです。

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